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第5話 black eye-sight
絢也は目の前の美麗な男性、五色瑛太の口撃 に圧倒されて呆然とする。そんな絢也の様子がおかしくて陽川は口を抑えて爆笑を堪えている。拓弥は憐 れむように絢也の頬をツンツンと突いた。
「西荻くんとそこで固まっている黒髪の子は陽川先生のゼミ生ですか?」
「あ…はい。俺もこいつも海洋環境学科の2年です。」
拓弥がそう答えると瑛太は「そうですか。」と呟いた。そうして拓弥にだけ手を差し出した。
「今日から陽川先生のゼミのお手伝いをさせてもらうので、私の方こそよろしくお願いします、西荻くん。」
「は、はい…。」
絢也は完全にシカトされた。それに気が付いて目を覚ました絢也は慌てて拓弥と瑛太の間に割って入り、まず瑛太に頭を下げた。
「失礼しました!俺は海洋環境学科2年の静海と言います……その、よ、よろしくお願いします!」
挽回しようとしっかり名乗り、90度のお辞儀。握手をして欲しくて右腕を瑛太に向けて伸ばす。
「おいおい静海ぃ、お見合い番組の告白みてぇだぞ。」
そうやって陽川が茶々を入れると、拓弥も思わず吹き出した。
絢也は恥ずかしくなって顔を上げられないまま、ギュッと目を瞑 った。それと同時に右手に冷たい温度が伝う。
「よろしくお願いします。」
棒読みで冷たい声の社交辞令でも絢也は無性に嬉しくなった。
やっと顔を上げると、瑛太は踵を返した。
――あ。
一瞬だけの瑛太の横顔が、絢也のシナプスを刺激した。
だが絢也から引き出された記憶は確信には至らなかったので、絢也は目をこすって後頭部をポリポリとばつが悪そうに掻く。
瑛太は陽川と共に陽川の研究室に入って行った。陽川は入り際に「遅刻すんなよー。」と絢也たちに釘を刺す。
バタン、と研究室のドアが閉まると遠巻きにいた女子たちは早々に去っていき、廊下には絢也と拓弥がポツンと取り残されただけだった。
「ゼミ、何時からだっけ?」
「15時。あと2時間以上あるな……。」
「バリチッチでもするか。」
「違ぇよ、指スマだよ。」
廊下に虚しく響く声に2人はため息を吐いた。五色瑛太が居なければいつも通りの寂 れてむさ苦しい生命工学部の校舎になった。キラキラ女子との接触は失敗に終わった。
「なぁ、拓弥……さっき五色、さん……俺のこと黒髪って言わなかったか?」
校舎を出ると絢也はふと瑛太の発言を思い出して拓弥に訊ねた。
「ん?……あー、言ってたな。けどお前、黒じゃなくね?」
絢也はアッシュブラウンのツーブロックで少しだけパーマをかけているイマドキなヘアスタイルだった。どこからどう見ても黒髪には見えない。
「それとさ、あの人どっかで見たことあるような……。」
先程から引っかかる絢也の記憶。絞り出そうと唸っても、モヤがかかるだけだった。
「あんな美形、見たら忘れらんねーだろ。」
「そうかもだけどさぁ……。」
そんな絢也の唸りを遮るようにジーパンのポケットに突っ込んでいたスマートフォンが振動する。取り出して確認すると皐と竜磨からのメッセージだった。
「あーあ、アイツら講義だってよ。」
「やっべ、マジでゼミまで暇じゃん。」
「暇じゃないわよ。」
昼食を食べ終えたらしい杏菜が学食のある方向から2人に向かって歩いてきていた。
「どう?1人くらいナンパでも出来たの?」
「出来ねーよ。しかも例のイケメン講師、めっちゃおっかねーの。」
「いや、それはお前が女に間違えたからだろ。」
「なにそれ?まぁいいわ……ゼミの時間まで資料まとめの整理、やれるとこまでやるわよ。」
杏菜は黒いUSBメモリをまるで時代劇で印籠を出すように2人に見せた。それを見るだけで2人は嫌な顔をした。
「えー!ゼミの時間でいいじゃん!」
「今日は夏季休暇中の調査合宿の話し合いって言ってたでしょ。少しでも自主的に作業を進めてた方が評価も上がるんじゃないの?」
杏菜のごもっともな正論で言葉を塞がれた絢也と拓弥は引きずられるように学生サロンへ向かい、ゼミまでの時間を過ごすことになった。
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