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第6話 倭(やまと)
研究室に足を踏み入れると、締め切りだった室内の熱に包まれ、瑛太の首筋から汗が伝い落ちる。
「あっちーな。今、エアコンつけるから其処のソファーにでも座ってくれ。」
陽川が指差す方向に眼をやると、脱ぎ散らかした服や乱雑に置かれた資料に埋もれたソファーらしき物を発見した。
「珈琲飲むか?」
「ええ…あの、先輩。このソファー、座るスペースが見当たらないんですけど。」
「其処に在る服を床に落とせば座れるだろ。」
「床に。。」
流石に服を床に降ろすのは気が引けて、瑛太は膝の上に陽川の服を置き、ソファーに腰を掛けた。
「ほれっ。」
「あ、ありがとうご…… 」
珈琲って言ったよな?
「ん?どうした?お前珈琲嫌いだっけか?」
「いや。好きですけど…これ珈琲カップじゃなくて、ビーカーですよね?」
「うん。」
「うん。じゃなくて、普通ビーカーに珈琲は入れませんよ。」
「そうか?中身に変わりは無いから良いだろ?」
「はぁ……」
要君は出逢った頃からこんな感じだったな。型にはまらないっていうか、体裁を気にしない人だ。只単に大雑把な性格なだけとも言えるけど。。
「此処の印象はどうだ?今まで大手企業の研究室に勤めていたお前にとっちゃ、大学の研究室は物足りないかもしれんが、お前が来てくれて嬉しいよ。」
「ふふっ。」
「ん?何で笑ったんだ?」
「いえ。変わらないなぁと思って。」
お人好しで俺みたいな奴にも親身になってくれて、この人と倭(やまと)が支えてくれたお陰で、なんとかやってこれた。
「何だそりゃ。それより、2人きりの時は、いつもみたいに敬語使わなくて良いぞ。」
「要(かなめ)君が4歳も上なくせに精神年齢は俺よりも低いからって、此処では一応俺の先輩になるし、けじめは着けた方が良いでしょ?」
「おいおい。何気にすげー毒吐いてるぞ。逆にお前に敬語使われると気持ち悪いわ。ゼミ生の前でだけ敬語使えよ。」
「そう?じゃあ、そうさせてもらうよ。」
「あ。そういえば、今朝、倭(やまと)から電話掛かって来たぞ。要さん、瑛太の事宜しくお願いします。だってさ。」
「倭が?」
今朝そんな事一言も言ってなかったのに。
「おお。俺が朝弱いの知ってるくせに、電話に出るまで何度も掛けてきやがった。」
「ごめんね。」
「謝る必要はねえよ。それだけ心配だったんだろ。そのムーンストーンのピアスも倭からの贈り物か?お前凄え愛されてんな〜。」
「まぁ…うん。。」
「いや。此処は一応、そんな事無いよー。とか言えよ。締まりの無い顔しやがって。」
「え?俺、そんな顔して無いけど?」
「いや。してるし、鏡見てみろよ。頬も赤く染めちゃって、こっちが照れるわ。」
「今、鏡見ても赤いかどうか分からないし。」
「そういえば、さっき絢也の髪の色も黒って言ってたな。あいつの髪はアッシュブラウンだぞ。もしかして、、今あの状態なのか?」
「うん。此処2日程はモノクロ。又数日で元に戻ると思う。あのゼミ生、きっと不思議に思ったよね。」
「あいつ鈍いから気付いてないかもな。どうする?理事長には、事情を話してはいるが、お前が嫌なら生徒に伏せておく事も出来るぞ。」
陽川の真剣な眼差しを受け、自分を心配し配慮してくれている彼の優しさが伝わって来た。
「いや。いずれバレるだろうし、隠しても皆んなに迷惑を掛けるだけだから、顔合わせの時にでも俺から症状の事は話すよ。」
「大丈夫か?」
「うん。」
「そっか。。お前、強くなったな。」
彼の前向きな言葉を耳にし、陽川の表情が柔らかなものに変わる。手を伸ばし、小さな子どもを褒めるように瑛太の頭をそっと撫でた。
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