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第7話 travel planning

15時になり、陽川ゼミの生徒は陽川の研究室と同じフロアにある実験室に集まった。 ホワイトボードの板書の字が丁寧な楷書で読み易くなっていることに生徒たちはいたく感動していた。 「生徒(俺たち)が書いてないのに象形文字じゃない!」 「字が読める…!ちゃんと読める!」 特に1番古参の4年生2人は目を輝かせていた。 そんな生徒たちの言葉に瑛太は陽川を睨んだ。陽川は「まぁまぁ」と笑って誤魔化す。 陽川ゼミは「地球環境の海面温度の変動による海洋生物の環境異変と社会への弊害とその対策」という研究テーマを掲げている。 昨今頻繁に海岸で発生するイルカや鯨の死骸が打ち上がる等の異常事態についてどう対処すべきなのかなぜ起こってしまうのか等々を調査している。 マニアックな研究ゆえにあまりにゼミ生も4年生まで総勢9人、女子は海洋環境学科2年の戸部杏菜のみ、あと残りのゼミ生も海洋生物マニアか幼い頃から漁業に触れてきたものばかり。絢也と拓弥は珍しく後者だ。 「えーっと、もう知ってる奴…しかいねぇだろうけど、今日から俺の助手として働くことになった五色瑛太くんだ。」 「五色です、よろしくお願いします。」 陽川に紹介されて瑛太は軽く会釈をするとゼミ生たちは拍手をした。ゼミ生も4年生から順番に自己紹介を始めた。 「海洋環境学科2年、戸部杏菜です。私はイルカと深海生物が大好きです、よろしくお願いします。」 紅一点の杏菜には無愛想だった瑛太も少しだけ顔を綻ばせた。 「海洋環境学科2年の静海絢也です……えーっと父と兄が漁師やってます……よろしくお願いします。」 絢也はチラチラと瑛太を伺いながら発言した。瑛太の顔には愛想の欠片もなかった。 ストンと座ると隣にいた杏菜が小声で絢也に話しかけた。 「あんたさっきあの人に何かしたの?」 「…女かと思ってナンパした。」 「うーわ……童貞必死すぎ。」 「うるせーよ。」 自己紹介タイムが終了すると今日の本題に入った。 「諸君、再来週から夏季休暇に入るがダラけてる暇はないぞ。今年は5泊6日でXX県の海芳町(かいほうちょう)に調査合宿だ、はい拍手ー。」 「ちょっと待ってくださいよ!そこ俺の実家じゃないですか!」 絢也が声を上げて立ち上がった。陽川が発言し瑛太が板書した目的地は絢也の地元だったからだ。 「マジかよ静海ー、里帰りも出来て一石二鳥だなー。」 「陽ちゃん絶対知ってたよね⁉︎何でうちなの⁉︎」 陽川が棒読みでシラを切ると絢也は陽川に近づいて問い詰めた。 「もう宿も『あさみ屋』って民宿に予約してるから変更不可だぞー。」 「うっそだろ⁉︎」 「因みに静海と西荻は経費削減のために静海の実家に泊まってもらいまーす。」 「はぁ⁉︎」 「何で俺もですか⁉︎」 次々と決定事項を告げられ、さすがに巻き込まれた拓弥も大きな声が出てしまう。 「すげーな静海んチ、離れなんかあるんだなー。」 「ちょっとすいません!実家に電話してきます!」 そう言ってスマホを握りしめた絢也は勢いよく実験室を出た。 その後ろ姿を陽川は愉快そうに笑って見送ると、瑛太は呆れたようにため息を吐いた。 「ま、そういうことだ。海芳町はこの時期ウニやアワビも獲れるらしいから食事も楽しみだなー。」 意外な高級食材の名前が出てきて生徒たちは色めき立つ。 「ま、1週間近く滞在するんだ。何もないど田舎らしいが存分に楽しめよー。」 世話になる町に対して身もふたもないことを陽川が言うと呆れながらその場にいる全員が「はーい」と気の抜けた返事をする。 返事をしない瑛太は、絢也が出て行ったドアを見つめていた。杏菜はそんな瑛太の視線に気がついたが、黙ってホワイトボードに向き直した。

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