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第16話 口付け。
ずるずると這うように廊下の突き当たりまで歩みを進め、壁に背を付けた。
あ…耳鳴り……
暫くして、絢也は通話をしていた相手への愚痴を呟きながら戻って来た。
『話の途中だったのに、すいませんでした。地元のダチから合宿の件で電話掛かってきちゃって……って、あれ?』
其の場に瑛太が居らず、辺りを見回すと、絢也の視界が壁際に蹲っている彼の姿を捉え、慌てて彼の元へと駆け寄る。
『ちょっ…五色さん?どうしたんすか?』
声を掛けても、反応が無い。
絢也は瑛太の正面にしゃがみ込むと、右手を伸ばし、躊躇いがちにそっと彼の頬に触れた。
瑛太の肩がピクリと揺れる。
顔を上げ、絢也と視線が合わさった瞬間。
耳鳴りが止んだ…
『…大丈夫?』
「…うん。」
直ぐに振り払われると思っていた。
けど、五色さんは頬に触れた俺の手をそのままにしている。。
『色…今も見えてないの?』
「うん…でも、さっきね…」
『うん。』
「静海君だけに色がついてたんだ。」
『俺だけ?どうして?』
問い掛けながら左手を彼の手に重ねた。
「分からない…けど、昨日会った時にはモノクロだったから、余計に君だって気が付かなかったんだ。ごめん…」
『東雲さんは?』
「…え?」
『今朝、彼の姿は色がついて見えなかったの?』
「ああ。うん。見えなかった。」
『そう…あの人ってさ…』
聞くのが怖い。
でも…知りたい……
「うん?」
『もしかして…五色さんの恋人?』
酷く驚いた顔をして俺を見てる。
けど、否定しないって事は、つまりそういう事で。
この人には男の恋人が居て、相手はあのイケメンで。。
どくんっ…どくんっ…
どうしてだろう。貴方を前にすると、俺の心臓は騒がしくなる。その瞳に吸い込まれる。。
徐々に顔を近づけて、気付いたら、彼の唇を俺の唇が塞いでた。
「んんっ…」
後退りする彼を強く抱き締め、唇を離し再び塞ぐ。下唇を喰むと僅かに開いた咥内に舌を挿し入れた。
やり方なんて分からない。
だって俺にとって此れが初めてのキスだから。。
それでも夢中で舌を絡めた。
くちゅ…くち…くちゅっ…
『はぁ……』
「ん…ふぅ…」
夏の乾いた空気と、窓の外から聞こえる蝉の鳴き声、そして互いの息遣いだけが辺りを包んだ。
俺が初めて口付けを交わした相手は…
俺より7つも歳上で。
冷たい態度を取るくせに、弱さも見せる。
傍に在たい。
守ってやりたい。
俺にそう思わせておいて、生活を共にしてる恋人が在る。
そんな人だ。。
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