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第17話 Setting off

あれから10日以上、絢也は陽川ゼミどころか生命工学部の校舎にすら足を踏み入れることができなかった。瑛太に会った時に、どう接していいのかわからなかったからだ。 どうしてあんなことをしたのか、自分の気持ちも確かなものなっていない、ということもあった。 (というか…あれは、マズイだろ。恋人いるって人に、あ、あんなこと…!) そうやって罪悪感と羞恥で悶々と日々を過ごした。 しかし否が応でも陽川ゼミの一行と顔を合わせなければいけない日はやってきてしまった。 早朝、重い足取りで絢也は上野駅の構内にいた。中央改札口の近くに顔の知る面々が固まっている。 「おー、里帰り青年がやって来たぞ。」 陽川から揶揄されて絢也はますます気が重くなる。その陽川の隣にいた瑛太には見事に目線を逸らされた。 「絢也ぁ、お前なんでずっとゼミ(こっち)に顔出さなかったんだよー。」 「よくもこんな時期にずっとサボってくれたわね。」 拓弥と杏菜には嫌味を言われながら絡まれる。そして今から大荷物を抱えて向かうのは絢也の実家がある海芳町、電車で2時間以上かかる道のりである。憂鬱を超えると人は力なく笑うしかないということを絢也は知った。 「7時の電車だからそろそろホームに向かうぞ。」 ゼミ長の4年生が絢也たちを率いて改札を通る。ある駅までは特急で向かうので16番線・17番線のホームで特急列車を待った。 「陽ちゃん、去年は日本海だったじゃないですか。何で今回は静海の地元で合宿なんですか?」 3年生の先輩が陽川に(たず)ねた。すると陽川は「あー」「えー」と言葉を躊躇(ためら)う。 「まぁ、その答えは静海が1番わかってんじゃねぇのかな。」 そんな陽川の回答に、全員が驚いた。一斉に視線が絢也に向けられる。絢也は訳が分からずに陽川に詰め寄る。 「陽ちゃん⁉︎ 意味わっかんないんだけど!つーか陽ちゃんからの嫌がらせとしか思えないんだけど!」 「それもあるな。」 「あるんだね⁉︎ あったんだね!」 「俺も久しぶりに青柳(あおやぎ)漁業組合のおっちゃんらと呑みたくなったんだよ。」 (……要くん…今、青柳って……言った?) 瑛太は陽川に「どういうことなの、要くん」と声をかけようとしたが、その最初の息はホームに入ってきた特急列車のブレーキ音にかき消された。 列車のドアが開き、絢也もゼミの生徒たちと一緒に乗り込んで行く。 「要くん………俺、倭に言ってない……。」 不安になり瑛太が呟くと、陽川はその声をしっかり拾っていた。 「言ったら(アイツ)はお前についてくるって聞かないだろうから、教えなかったんだよ。」 久しぶりに聞く、陽川の冷めた声。瑛太は動けなくなっていたが、陽川に手を引かれた。 ――17番線、電車が発車します。 陽川ゼミは調査合宿に向けて出発した。瑛太がポケットに入れているスマホが一度、短く振動したが、瑛太は気づくことはなかった。

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