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第19話 The dead ground of...
忘れることができない
あの日の朝は小雨もぱらつく曇天だった
朝飯を食べてたら漁に出てた親父が顔を青くして帰ってきた
――祐正 、絢也、早よ海に出ろ!
そう言うと親父は「先生ぇ!」と叫びながら裏の離れに走った
幼い俺は祖母と兄に引っ張られながら海岸へ急いだ
学校の友達も、駄菓子屋のばーちゃんも、教頭先生も
海岸にはずらっと、イルカが横たわっていた
――絢也!祐正!イルカに水かけろ!
村のみんなでただ横たわっているイルカに水をかけた
親父たち漁師はイルカを一頭一頭、海に帰していく
――海さ帰れ!こっちさ戻るな!
漁師のおっちゃんらが海岸に戻ろうとするイルカを叱る
――ばーちゃん、イルカぁ、息してねぇよ…
同じ学校の女子が泣き出した
俺は水をかけていたイルカをふと見た
微 かに、キュー、と鳴いた
――死ぬな!死ぬなぁ!
俺は泣きながらイルカに水をかけた
手もだんだんと痛くなるけど
イルカを生かすためならと必死だった
――じゅんちゃん、そのイルカはもう駄目だ
――駄目じゃねぇ!まだ息してっぺ!
――そいつは海でも生きてけねぇ!もうやめれぇ絢也!
――やだ!もうイルカ死ぬのやだくて!
「海芳町ってのは、5年前に青柳村と三芳村が合併して出来たばかりの町でな、静海は青柳村の出身だ。」
杏菜と拓弥と向かい合わせの席にだるそうに腰掛けて陽川は車窓を見ながら話し出した。
「静海とは4、5年前くらいに俺が単独調査で青柳村に滞在してた時に初めて会ったんだ。あいつが高校生のときか。」
「え、それマジなん?」
「そんなこと初めて聞いたんだけど。」
同じ学部で同じゼミで過ごす時間が多い杏菜と拓弥は初めて知る事実に驚いた。
「青柳村は『イルカの死に場所』とも言われてるんだ。およそ10年に1度のペースでイルカが青柳村に大量に打ち上げられて大量に死ぬ。静海は11年前…ガキの頃にそれを目の当たりにしてた。」
イルカが好きな杏菜は一気に血の気が引いた。拓弥やその話を聞いてたゼミ生たちは口をつぐんだ。
「先月、漁業組合の方から1週間でバンドウイルカが4頭ほど網にかかったという相談を受けてな。青柳漁港の方面で潮の流れや海洋の環境変化が顕著に起こっている可能性が出てきた…もしかするとこの合宿中に…と思ってな。お前らちょっと覚悟しとけよ。」
一通り話し終わると陽川はペットボトルのお茶でのどを潤した。
「ちょっとトイレ行ってくるわ。」
わざとらしく「よっこらせ」と腰を上げて陽川はトイレのある方に歩く。
その途中、絢也と瑛太が座る席をちらりと見る。瑛太が絢也の膝枕で甘え、どこか心地さそうに寝息を立てていた。そして絢也は首を傾けて眠っていたが、涙のあとが頬についていた。
(あの海に深い傷を負わされた2人…か……。)
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