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第21話 That distance is near,
瑛太は額に当たった感触と熱に驚き、見上げる。見えるのは勿論、色の付いた静海絢也の顔。
そして鼓動がうるさくなる。瑛太がこんな熱を感じたことはきっとあの時以来だった。
舗装されきれてない道をひたすら進むと、ぎゅうぎゅう詰めの車内でも潮騒が聞こえてきた。どれほど海が近いのか、それだけでよくわかる。
左折をすると防波堤沿いの道路をひたすら走行する。他の住人がいるのかと思うくらいに車通りがなかった。
「うっわー、マジで殺風景だな。ガチで調査合宿じゃん。」
1人の先輩が不満そうにそう口にすると陽川はしてやったりな笑い声をあげた。
「今年の夏は諦めて俺の馬車馬になれ若人 よ!はーっはっは!」
「ちょっと前まではちょっとくらい遊べる浜辺もあったんだけど、4年前の大時化 で危険区域になってしまいましてね。遊べる浜は隣町にありますよぉ……っと?」
そんな他の人たちの賑やかな話が耳に入ってこないくらいに絢也と瑛太はまるで2人の世界に入って視線を交わしていた。絢也は思わず、その顔の距離を近づけ始めた、瞬間だった。
パッパーッ
すぐ近くからけたたましいクラクション音が鳴り、トリップしていた絢也と瑛太も我に返った。
「おい!沙優ぁ!その中に陽ちゃんと絢也さおるんか!」
対向車線からすれ違った軽トラックの運転手が窓を開けてワゴンを運転している沙優に声をかけているようだった。そしてその声を聞いた途端、絢也は慌てて座席と瑛太から離れて右側の窓を開けた。
瑛太はその離れていく熱が名残惜しく感じて胸がチクリと痛む。
「アニキ⁉︎ 何してっぺ⁉︎」
「おー!おったか!陽ちゃんもおるか?」
運転手は絢也の6歳上の兄、祐正 だった。その声を聞き取った陽川も右側の窓を開けて顔を出した。
「静海さんとこのセガレかー、どうした?」
「ちょっと海さ来てくんねぇか? バンドウがまた1頭網さかかってな、沖さ戻すから手ぇ貸せ!」
「何でだよ!もう漁さ終わってみんな手ぇ空いとるっぺ!」
「酒飲んでて使いモンになんねーっぺ!」
「知らねーよ!」
「いいから来い!陽ちゃんと後ろ乗れ!」
中卒元ヤン漁師の兄、祐正の威嚇に逆らうことはできず、絢也は荷物を一緒に実家に泊まる拓弥に頼んで陽川とワゴン車を降りた。
道の真ん中でこんなやり取りをしていても車が1台も来ないことに、この地をよく知る陽川と絢也以外はただ驚いていた。
そして少しだけ青ざめた、「とんでもねぇ田舎にきた」と。
ワゴン車を降りた陽川は一目散に助手席に乗り、絢也はそれに文句を言いながら慣れたように軽々と軽トラックの荷台に乗った。
「淳吾ぉ!お前もお客さんたち降ろしたら漁港集合な!後始末手伝え!」
「やだよ!俺も宿の準備あっから!」
「あぁ⁉︎ 」
「うぅ……わかったって!」
淳吾も中卒元ヤンなのだが6つ上の先輩元ヤンには逆らえないらしい。
瑛太も他のゼミ生たちと一緒に右側の車窓を見て絢也たちのやり取りや様子を眺めていた。
そして軽トラックがスムーズに発進すると、絢也は荷台に立膝をついて座って進行方向に顔を向けていた。
ほんの一瞬のその横顔を瑛太は鮮明に捉えた。
(………静海くん…なんか、つらそうな……悲しそうな……。)
離れていく絢也との距離に不安に似た気持ちを瑛太は感じた。
瑛太は軽トラックが去って行った方向を追いかけるように見つめていると、沙優も車を発進させた。
「絢也のやつ大丈夫なのかよ。」
絢也と1番仲良しの拓弥が不安そうな声を出すと、周りの生徒たちも同調する。
「そうだよなぁ、陽ちゃんの話が本当なら辛いと思うぜ。」
「でもお兄さんが沖に帰すって言ってましたし、生きてるんだと思いますよ。」
「あー、そっかぁ。」
(え、何?なんの話?)
生徒たちの話に瑛太はまるでついていけず頭の中はハテナだらけだった。
「皆さんもしかして絢也 の話聞きました?」
助手席にいた淳吾が後部座席の方を向きながらみんなに声をかけた。
「ええ、陽ちゃんからですけど掻い摘んだ感じで聞きました。」
「あれは俺らも結構なトラウマで、あん時のことは忘れらんねぇっす。だけどアイツは大丈夫っすよ、強ぇから。」
淳吾は誇らしげにニカッと笑った。イマイチ信じられないと拓弥や杏菜も難しい顔をする。
「皆さん、もう着きますよー。」
沙優がそう言うので全員前方の景色を見る。
瑛太は心臓が潰されそうな勢いで痛み出した。
(あれ……ここ、見ると………すごく、泣きたくなる……どうして……だろう………。)
瞬きをしたら、その世界はまたモノクロになってしまった。
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