23 / 42

第23話 heart hurts

瑛太は陽川の荷物も一緒に部屋に運んで下ろすと、部屋の窓を開けて空気を入れ替えた。潮騒が大きく聞こえて、華やかではない海の景色が見えた。ただその景色の色は相変わらず見えない。 (要くん、いつ戻ってくるんだろうか……それに………。) ――この海は、どんな色をしているのだろう。 波が寄せては返り、防波堤によって海は陸との交わりをシャットアウトされている。鼻につく潮の匂いが瑛太は好きだったはずなのに、それが今は気持ち悪い。 倭に「どこに行きたい?」と尋ねられたら、季節問わずに「海」と答えるくらい、どんな海も好きだった。 「………はぁ。」 一つ、ため息を吐くと窓をそっと閉め、エアコンをつけた。 入り口の近くに置いている陽川の荷物が目に入ると、資料が入ったカバンが倒れて中身が少し飛び出ていた。 「あーあ…要くんってば…。」 いつも整理整頓ができない陽川に呆れながら資料を一度取り出して整理をする。 なぜか使われていないクリアファイルあったのでその中にとっ散らかったプリントを収納していると、少しだけ古いレジュメを手にした。 「………イルカの死に場所………五色基裕(モトヒロ)……。」 瑛太はそのレジュメをパラパラと(めく)った。そこには今自分がいる場所について記されている。 (ここは青柳村だったんだ………要くん、どうして俺をここに連れてきたんだ…。) また1ページ捲ると写真図があった。するとその写真からブワッと視界に色が戻った。 その写真図には恐らく死んだであろうイルカとイルカに触れている青年の姿があった。 ――瑛太、いっ……に…み……こ… ――ご……せんせ…のけ…きゅ…で……ちが……われ…の…あ…ば… ガタン、と膝から崩れる。呼吸が荒くなる、急に気持ちが悪くなって涙を流さずにいられない。あの時と同じ。 (静海くんに触れられたとき…と、同じ……どうして、なんだ…。) ――俺が………の分も、それ以上に愛してあげるから、瑛太。 (なんで倭に告白された時の……やだ、やだ…!真っ暗に、真っ暗になる!) 倭が脳裏によぎった瞬間、どんどんと視界が狭まってまた暗くなる恐怖に襲われる。 (誰か、誰か助けて!) 「祐正さん!もう終わっとるじゃないですか!」 「早よおわしたかっただけだっぺ。」 「兄貴ぃ、俺だけこんな濡れてんだぞ⁉︎ 早く着替えさせろ!」 「良かった、俺濡れなくて。」 「拓弥も来るなら一緒に来とけよ!」 「セガレ、荷物片したらすぐに静海の家に行けばいいのか?」 「おう、さっき役場の人が来るって連絡あったし、頼みましたよ!」 民宿の入り口の方角から男たちの乱暴な言葉が飛び交ってくる。漁港に駆り出されていた陽川、絢也、そして民宿の主人の淳吾とゼミ生の拓弥。 それが聞こえた途端に、瑛太の心は落ち着いた。涙も止まる。 (こんな時、いつもなら、倭なのに…俺を抱きしめて、慰めてくれる温かい手は倭なのに…。) 瞬きして開いた視界が、まだ色を保っている。それが不思議であると同時に安堵した瑛太は涙を雑に拭った。 コンコン、とノック音がしたので、瑛太は急いで立ち上がって「はい、どうぞ」と返事をした。 「失礼しまーす。五色さん、陽ちゃんの資料とか入ってる鞄って………。」 先ほどの話の流れでてっきり陽川が入って来るのかと予測していた瑛太は、目の前に現れた人物に驚いた。 「……あ、えっと…静海、くん……。」 ずぶ濡れになってテキトーなタオルドライしかされてない絢也からは潮の匂いが漂う。 ()五色()さん()ごめん(悪いな)潮臭い(潮臭ぇ)です()よね()()() 幻影だとは理解しているはずなのに、絢也と重なって見えるのは。 「すぐ、る……さ…ん………。」 とうとうその名前を、口にしてしまった瑛太は、止まったはずの涙を一筋だけ流した。

ともだちにシェアしよう!