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第27話 noisy past

空が暗くなり始めた。絢也の腕時計はまもなく19時を指す。 ――しず、み…くん……ごめん…ごめん…… 瑛太の泣き顔が頭にこびりついて離れない上に、やってしまった罪悪感で絢也の心はもやもやとする。 民宿を後にした絢也は、家族との会話もそこそこに漁に使う網や道具などがしまわれた雑多な物置の前にしゃがみ込み、絢也に近寄った静海家の愛犬・ウメタロウを撫でながらひたすらため息をはいた。 「あ、いたいた。絢也、メシだって」 「おー…」 一緒に絢也の実家の離れ家屋に泊まる拓弥が絢也を呼びにきた。気疲れなのかアレの疲れなのか、腰がいつもより重い。 「あー…どした?イルカ、助かったんじゃねぇの?」 「うん、まぁ、な」 「元気なさすぎじゃね?まぁ、ゼミの合宿が実家とか俺もイヤだけどな。とりあえず腹ごしらえしよーぜ」 拓弥に手を差し出されて絢也はそれをとると、ようやっと立ち上がることができた。「わんわん」と吠えて絢也にすがるウメタロウを絢也はひと撫でして「あとでかーちゃんがメシさ持ってくるって」と言って拓弥と共に母屋へ歩いた。 静海家の夕食は畳の居間で摂る。座卓には絢也の母と兄嫁が作った大皿料理がいくつも並び、1番上座には父の昭三(ショウゾウ)が座り、すぐ横には兄の祐正が座る。絢也は定位置である兄の向かい側に腰を下ろすと、隣に拓弥は少し遠慮気味に座った。 「絢也、さっきは陽ちゃんの話さ聞かねぇで何しとった?」 祐正はビールを手酌しながら絢也に訊ねる。やはり元ヤンだからか少し厳しくて拓弥はまた反射的にビクッと怯えた。しかし絢也は半分ボーッとしながら答える。 「別に…ちょっと、まぁ…」 「ふーん………」 祐正の視線が酷く痛いが、母がアテのイカの塩辛を配膳しながら「早く食べないさい」と急かす声で追求は免れた。絢也と拓弥は「いただきます」と言って夕飯を食べ始めた。 しばらくして落ち着いた母と兄嫁も食卓を囲むと、母が話を切り出した。 「しっかしまぁ陽川くんが、あーな(えれ)ぇ先生になって…お母さん驚いたわ」 「んだなぁ、ついこの前まで五色先生の教え子だった気がすんのになぁ」 どうやら陽川の昔話になったようで絢也は驚き拓弥は昭三に尋ねた。 「え⁉︎ 五色先生って…え⁉︎」 「五色先生ってこの辺の海さ研究してた大学の先生がいたんだ。絢也は小さがったから覚えでいねぇべげど」 「は?」 「うちの離れをしばらぐ貸してたんだ、祐正と同じぐらいの息子がいたっぺ」 「あーいたな、五色先輩」 絢也は頭の中がぐるぐると回り始めた。次々と両親と兄から出てくる過去の話が(めぐ)る。 そして拓弥が軽く核心を突いた。 「俺らのゼミに五色さんって人が、陽ちゃんの助手で入ったんですよ」 「あー、車で陽ちゃんに聞いたな…はぁ」 何故か祐正はため息をついてビールを飲んだ。 「お兄さん、なんかあったんですか?」 拓弥がその様子に疑問をぶつけると、祐正はグラスを置きおかずをつまみながら話す。 「五色先輩なぁ、親父さんの生徒とデキてたとかで…しかもホモだって。その辺の女より美人だったし…まぁ、学校でも浮いてたな」 「ヤンキーは浮かないんスか」 「漁師のガキゃ全部ヤンチャだっぺ」 ところ違えど漁師町で育った拓弥は心の中で「そんなことねぇんだど」と静かにつっこむ。そして絢也は数分動かなかったのちに、母に向かって叫んだ。 「お袋!その先生の写真どこさある⁉︎」 (ゴシキモトヒロ?兄貴と1つ違い?色々と合致しすぎている…瑛太さんの心の傷は…) 母は驚いたが、「片付けが終わったら持ってくる」と絢也に約束した。 絢也は好物である母手製の海老カツレツの味がわからなくなってしまった。 

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