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第29話 cry for the moon

絢也は「あさみ屋」に到着し車を停めて降車する。民宿に向かおうとした足は止まる。 「あれ? 静海、何してんの?」 「杏菜…」 少しだけ肌寒いからか、カーディガンを羽織った杏菜が一人で民宿から出てきた。 「西荻は?」 「あー…あいつは兄貴に呑まされてんだわ」 「なるほどね。でも西荻って実家が土佐だしザルだから大丈夫でしょ」 「それもそうだな」 何故だか少しだけ力が抜けた絢也は乾いた笑いを浮かべてしまう。そんな絢也の微妙な表情に気が付いた杏菜は不意打ちで絢也の手を取った。 「は? 何してんの杏菜」 「少し付き合ってよ、夜の散歩」 「え…いやいや、俺今からちょっと」 「こんな暗い夜道を女ひとりにするつもり? だからあんたは童貞なのよ」 「それと童貞関係なくね?」 (それに童貞卒業しちまった、けど………相手が相手だから言えねぇ) 強引に連れて行かれて絢也は民宿から離れていく。 そんな2人を部屋の窓から(うかが)っていたのは陽川だった。 「ありゃ、戸部…と静海か。つか何で静海が駐車場にいるんだ?」 陽川は手に持っていた缶チューハイを飲みながら窓から離れて「ククク」と面白そうに笑う。そして陽川の部屋にはパソコンで資料整理している瑛太もいる。 「戸部のヤツ、告白でもすんのかね? どう思う?」 「さぁ…生徒同士の色恋に首を突っ込まないほうがいいんじゃない? 嫌われるよ」 瑛太はカタカタとタイピングを止めず、パソコンの画面から目を離さずに作業に没頭するように努めるが当然内心は穏やかであるはずはなく。 「そこスペル、ミスってるよ」 「………はい」 背後にいた陽川に指摘をされると一旦ため息を吐いて瑛太はミスをした箇所を選択する。 「要くん…この文章なんだけどさ」 瑛太は陽川に(たず)ねたい場所を指した。覗き込んだ陽川はそれを流暢(りゅうちょう)に呟く。 「To lose the sadness of Aoyagi Village is ‘cry for the moon’…先生もなかなか残酷なことを残したね」 「父さんは諦めてたんですか…?」 「それはなかったと信じたいし…も諦めなかったから最期まで先生について行ったんだ」 寂しそうな表情をした陽川は誤魔化すように瑛太の髪の毛をクシャっと撫でる。その手のひらが思いの外冷たくて瑛太は驚くが、それより心の中に何故かモヤモヤが生まれている。 (どうしよう…泣きそうだ)
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