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第31話 tell the truth
絢也は杏菜と共に民宿に入ると、たまたまフロントにいた沙優に遭遇した。
「あ」
「あ」
「あ?」
どうにも気まずい雰囲気が流れている。絢也と杏菜の手は繋がれているからだ。
「あらあらあらあらぁ…お嬢ちゃん、そぉだヘタレでいいの?」
「え、あ、あのこれは!」
杏菜は少し顔を赤くしてパッと手を離したが時すでに遅し、沙優の顔はスクープを掴んだ野次馬のそれだった。
「沙優、誤解だ! 俺は他に好ぎな奴がいるから!」
「はぁ? そんなの信じられるわげがねぇべ、今ここで手ぇ繋いでてよぉそぉだことが言えるな」
「だっからこれは違ぇって…なぁ、杏菜」
どうにか同意を求めようと絢也が杏菜に助けを求めた。その時、ちょうど、奥の方から瑛太が陽川とやってくるのが杏菜の目に飛び込んだ。
(私は……私は…)
「何が違うの? さっき私と付き合うって言ってくれたじゃん」
わざと、大きめな声で杏菜は主張した。もちろん、陽川と瑛太の耳にも届いて驚いた2人も歩みを止めて絢也たちの方を見ていた。絢也も瑛太の視線に気が付いた。
「絢也、あんたいっぐら恥ずかしいからって誤解とかそういうのよくねぇわ。彼女に謝りなって」
「…へ? え?」
「うん、少しだけ傷ついた。もうちょっと男らしくしてよ、どヘタレ」
杏菜は少し怒ったように絢也の肩を強めに叩いた。そのとき、杏菜はちらりと牽制するように瑛太を見る。
杏菜は驚愕した。
(嘘でしょ…五色さん……なんでそんな…女みたいな、傷付いた顔をしてるの?)
そして奥歯を噛んだ。
(絢也は、絶対にソッチに行かせない。五色さん、あなたみたいに何かにすがって執着して進めない人に、こいつは渡せない。こいつの気持ちを利用しないで…)
すると陽川は複雑な表情を殺していつものヘラヘラ顔で2人をからかうために近づいてくる。
「なんだお前ら、そういうこと? へー! まさか我がゼミの紅一点を射止めたのがこの童貞くんかぁ!」
「陽ちゃんまで…もぉ、だからぁ…」
「いやいやいやぁ、眩しいなぁ、俺も学生時代はブイブイと言わせてたもんだよ。ただこの合宿中に童貞卒業とかそういうのやめろよ、俺の沽券に係わる」
「しないよ!」
「明日の朝食はお赤飯にしましょ! 淳吾ぉ!ちょっと!」
沙優に呼ばれた淳吾も奥の方から顔を出し、そして決して広くない民宿、騒ぎを聞きつけたゼミの生徒たちもわらわらと集まり始めて絢也は八方塞がりになる。
窮鼠猫を噛む、そんな度胸は絢也には備わっていない。
ここに杏菜と絢也のカップルが成立して盛大に祝福されることになってしまった。
「五色さん、あの2人ずっとお似合いなのになっかなかくっつかなかったんすよー!」
すでに酔っ払っているゼミ長が瑛太に絡んで杏菜と絢也のことを丁寧に説明し始めた。瑛太は苦笑いでその話を聞き流そうと努めた。
心の奥ではますます自己嫌悪が広がって、ずっと色づいていた景色が段々と、絢也からモノクロに戻ってしまった。
(静海くん…どっちなの? 本当は、どっちなの? 今教えてよ…教えてよ、静海くん!)
また頭が痛み出した。モノクロに記憶が巡ってくる、ほんのちょっとの色づきはさっきまでの絢也との情交だけ。
「……っ!」
瑛太はまた目の前がブラックアウトする。ふらりと倒れる。
どこかで絢也が支えてくれると、淡い期待を持っていたが、支えようと伸ばした絢也の手は。
「絢也! もう実家に戻んなくていいの? 西荻が潰れてないか見てきてよ!」
「だっからなんで俺が」
「あーあ、西荻が潰れたら、静海、お前のせいだからなぁ」
瑛太に届かなかった。
ダーンッ
瑛太はそのまま床に倒れてしまい、その場は騒然となったのだ。
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