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第32話 来訪者。

『ごめん下さい。』 民宿の受付カウンターに有る呼び鈴を鳴らしたが反応が無い。 腕時計に視線を落とし時間を確認する。 夕食時だから忙しいのかな。事前に連絡しておけば良かった。 倭はもう一度呼び鈴を鳴らし、声を張り上げる。 『ごめん下さ~い!何方かいらっしゃいませんか~?!』 倭の声を聞き付け、一人の若い女性が部屋から顔を出した。 『すみません、お待たせしました。ご予約の方ですか?』 『いえ、違います。』 『そうですか。申し訳ございませんが本日は予約が一杯でして。』 『あ、いや、そうでは無くて、今日此方に宿泊している知人に会いに来ました。』 多分成堂大学の誰かよね。怪しい人では無さそうだけど… 整った顔立ちして眉の手入れも完璧な上にアビスグレーの髪色、長身でスーツ姿も様になってるイケメンが、あのもっさい連中の知人?あり得ないわ。 あらっ?右耳軟骨部分にムーンストーンのピアスをしてる。誰か似たようなピアスをしてたような… 『あっ!もしかして、お知り合いの方って五色瑛太さんですか?』 『はいっ。そうです!』 『さっき、突然瑛太さん倒れてしまって。』 『倒れた?!瑛太は何処に?!大丈夫なんですか?!』 血の気が失せた顔で沙優に詰め寄る。 『え、ええ、先程意識が戻って救急車を呼ぼうとしたんですが、大丈夫だからと仰って、今は部屋で休まれてます。』 『そう…ですか…』 この慌てよう、只の知人って訳じゃなさそうね。お揃いのピアスしてるし、もしかして瑛太さんの恋人かしら?なんてねっ。 『あの…不躾なお願いで申し訳ないんですが。』 『何でしょう?』 『瑛太に会いたいのですが、部屋まで案内して頂いてもよろしいですか?』 『はぁ…』 ん〜。どうしようかな。 『あ、名前、まだ名乗ってませんでしたね。東雲倭です。陽川要さんとも懇意にさせて頂いてます。』 『陽ちゃん、陽川先生ともお知り合いなんですね。』 『ええ。』 陽ちゃんとも知り合いなら、大丈夫よね。瑛太さんの事も本気で心配してるみたいだし… 『分かりました。お部屋までご案内します。』 『ありがとうございます。』 部屋の前に着くと、沙優は襖越しに中へと声を掛ける。 『沙優です。お客様をお連れしました。』 襖が開き中から陽川が顔を出した。 「倭!どうした?!」 『瑛太が携帯に電話しても出なかったから心配になって大学に問い合わせたんだ。着いてみて驚いたよ。此処、青柳村だよな。』 「あ、ああ。その事なんだけどな…』 『その話は後で聞く。それよりも瑛太は?大丈夫なのか?』 「今は落ち着いて眠ってる。取り敢えず中に入れよ。」 倭は部屋へ入る前に沙優に一礼した。 『案内して頂きありがとうございます。』 『いえ、ごゆっくりなさって下さい。』 『あの、今夜から俺も瑛太の部屋に泊まりたいのですが…』 『え?』 『支度が大変でしたら食事は外で取りますし、良いでしょうか?』 『一名様増えても食事やその他の支度も手間は掛らないので、泊まって頂くのは構いませんが…』 沙優は瑛太が寝ている間に勝手に了承しても良いのか迷い、陽川に視線を向ける。 「沙優、悪いがそうしてくれ。」 『陽ちゃんがそう言うなら…では、東雲さん、後ほど伺いますのでその時に宿帳の記入をお願い致します。』 『はい、分かりました。お世話になります。』 襖を閉めて、沙優は首を傾げる。 さっき、あの人青柳村って言ってたけど、以前此処に来た事が有るのかな?絢也なら何か知ってるかも、後で聞いてみよっ。 瑛太を心配し陽川と共に部屋で付き添っていた絢也が、三人の会話を耳にしていたとは露にも思わず、沙優は倭の夕食の支度をする為厨房へと向かった。

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