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第33話 Oblivion

俺の両親は大学で海洋研究をしている科学者だった。 俺が小6の時に、長期に渡る現地研究のために生まれ育った学園都市を離れて、太平洋を望む小さな漁村に移住することになり、俺も小学校を卒業と同時に両親についていくことになった。 入学式、俺は異様な目で人々に見られていた。 あとから知ったが、小さなその村では小学校と中学校はひとつずつしかなく、小学校にいなかった余所者(よそもの)の俺が珍しかったらしい。 クラスも1学年に1クラスで10人程度しかいない。新しい学び舎に入る前からコミュニティは形成されていてそこに余所者の俺が入る余地はなかった。 時が流れると、元々言葉遣いや素行が荒かった地だからだろうか、教室の半分がヤンチャになっていく。教師も多少なだめる程度でその地に染まっている。俺は益々孤立し萎縮した。 そんな俺の様子を心配した両親は、俺を祖父母のいる都市部へ転校させようかとまで話をしていたが俺はそれを拒否した。 俺は、どうしても、(スグル)さんのそばにいたかった。 父を師事して一緒にこの漁村についてきた東雲 傑さん、俺は10歳の時に彼と出会った。 傑さんはきっと俺を弟のようにしか思ってないとわかっていた。俺も兄のように慕ってるだけだと思ってた。 だけどそれは違っていた。 いつだったか、傑さんが女性と親しげにしている場面に出くわした時に、とてつもない嫉妬心が生まれた。自分の醜さに自分で泣いた。 ――俺、傑さんが好きなんだ そう気がついた。 テレビを見てても傑さんにどこか似ている人が出ているとじっと追ってしまう、傑さんに会うと気持ちが高揚するのがわかる、傑さんに触れられたところは熱くなって、傑さんの心地よい低い声で「瑛太」と呼ばれるのが幸せで、セックスという行為を知った時に傑さんに抱かれる自分を想像して欲情した。 傑さんは大人だったから世の中の生き方を知っていた。 余所者を異様な目で見てくる小さなコミュニティに自然と溶け込んで、村の老人や荒々しい漁師、俺の通う学校にはびこるヤンキーたちと仲良くやっていた。 そして研究して仕事して、俺とも変わらずに一緒にいてくれて… 俺は、傑さんのそばにいたいと思った。 今でも覚えている15歳の誕生日、俺は傑さんの部屋に入って、傑さんに想いを告白した。 その日、両親は夜間の海洋調査で船を出していて不在だった。 だから傑さんと繋がった。傑さんが俺の気持ちを受け入れてくれて、俺を愛してくれて幸せだった。あの体温、感触、高揚、汗、キス、愛撫、律動、声は今でも時々フラッシュバックすることもある。 ああ、静海くんとセックスしたときはそれが鮮明に思い出された。 幸せだったから、失うことを想像できなかった。 いざ失ったら、俺は忘れようとした。 何度も 何度も 何度も 何度も 「瑛太、俺はな、海が脅威でなくなることを祈ってるんだ」 「どうして?」 「青柳の人たちはな、海を恐れてる…子供の中には海岸に近づけない子もいる」 この漁村では度々イルカの死骸が大量に打ち上げられる。両親と傑さんはそれを少しでも減らそうと長年研究していることを俺も知っていた。 「海は命を奪う時もあるかもしれないが、海は命を生み出してもくれるんだ」 村にやってきてからたくましくなった傑さんの身体に包まれながら俺は傑さんと両親の夢を何度も聞いた。まるで呪いをかけられたように脳に刷り込まれた彼らの夢。 それが砕け散ることを俺は想像できなかった。 散った後、それも忘れようと努めた。 だけどそれだけは止められた。 忘れちゃいけないって、傑さんと両親の意思が言うんだ。 だから向き合った、その代わりに「色」を失った。 ねぇ、傑さん 今日久しぶりに海の色を見たよ 鈍色の寂しい色だったよ だけどね、傑さんと見た海の色だから好きなんだ だから、明日も この海の色を見たいな 俺はそっと目を開けた。 ――ああ、モノクロの世界だ

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