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第34話 対峙。

『…太…瑛太。』 ああ、あの人の声がする。 「傑さん…」 『……』 似ているけれど違う。彼の声はもう少し低い。この声は… 「…倭?」 『ああ、そうだ。俺だよ。』 「ごめんな。」 咄嗟に謝罪の言葉が口をついて出た。 俺は、何について謝ったのだろうか。身に覚えが有り過ぎて、自分でも良く分からない。 込み上げてくる涙を堪えようと、無理に口角を上げている倭の姿が小さく見える。彼の頬に手の平を添えると、目尻から雫が垂れた。 彼を愛しいと思いながらも、心の奥底では罪の意識が顔を出す。 「目が覚めたか。」 反対側に座っていた陽川が、すまなそうに瞳を伏せた。 「要君、俺…」 「急に意識を失って倒れたんだ。驚いたぞ。」 そうだ。海芳町に来たんだ。 かつての青柳村。両親と彼を失ってしまい、再び訪れる日は来ないと思っていたこの場所に… 「迷惑掛けてごめんなさい。もう、大丈夫だから。」 「本当に大丈夫か?」 こくりと頷くと、陽川は倭に視線を移した。言葉にせずとも、倭の気持ちを察した様だ。長い付き合いだけの事はある。 「よし、じゃあ、倭に任せるとするか。瑛太、具合が悪くなったら直ぐに呼べよ。」 「うん。ありがとう。」 「倭も疲れたろうから、ゆっくり休め。話は明日にしよう。」 『分かった。』 「絢也、お前は俺の部屋に来い。」 陽川が口にした名前で彼もこの部屋に居る事に、今更ながら気付いた。 血色が戻り切っていない顔で上半身を起こし、陽川が振り向いた先に瑛太も視線を走らせる。 壁際から此方を見つめている絢也と瞳が合わさり、心臓がどくんっと跳ねた。 「絢也君…」 『瑛太さん、恋人が来てくれて良かったね。』 其の言葉が本心ではないと彼の表情が物語っている。 分かっていても、どうする事も出来ない。彼が見ているもの、口にした事は全て事実だから。 『君…確か、以前に瑛太を助けてくれた人だよね?そうか、要さんのゼミ生だったね。』 『はい。』 『確か名前は、静…』 『静海絢也です。』 『あ、そうそう。静海君だ。君、さっき恋人って言ってたけど、もしかして、俺達の事知ってるの?』 そう訊ねた時点で肯定したも同然。 『はい。瑛太さんから聞きました。』 『他の人達も?』 『いえ、知っているのは俺だけですし、他の人に言うつもりも有りません。瑛太さんを困らせたくないんで。』 絢也の最後の言葉に特別な意味を感じとった倭は、思わず眉根を寄せる。 『そっか、随分、先生思いなんだね。君の様な生徒ばかりなら良いのに。』 先生と生徒の部分を強調する言い方に絢也の表情も苦いものに変わった。 「お前達、話は明日でも良いだろ?瑛太をゆっくり休ませてやろうぜ。」 室内に流れる薄ら寒い空気を遮ぎり、陽川は絢也の腕を掴んで部屋を後にした。

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