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第35話 sea roar*

陽川に引かれて絢也が追い出された扉をずっと見つめる瑛太の瞳は罪悪感と悲壮があった。 「…さっきの彼、俺はあまり好きじゃないかな」 「え…」 倭は「やれやれ」と一息をつくように髪をかきあげて足を崩した。そして次に瞼が開いた時、瑛太は倭の瞳に嫉妬と憎悪が渦巻いていることに気がついた。表情はあくまで穏やかなままなのが余計に恐ろしい。 「瑛太、俺が今着てるシャツの色は?」 「えっと…あ、あの…」 「わかるわけないよな、んだから」 (じゃあ何で訊いてきたんだよ…) 「や、倭…夕飯は? ここの魚料理すごく美味しいんだ…っ!」 やっと起き上がったのに、瑛太はまた布団の上に押し倒された。そして誤魔化す世間話が噛み付くキスで塞がれた。 「んん……っ!」 息ができない。これほどに熱情のない激しい接吻は初めてで瑛太はガタガタと震える。すでに寝間着のジャージに着替えていた瑛太を脱がすことは容易く、倭は急くように瑛太のジャージと下着を一緒に脱がせれば、口づけを与え続けながらそっと秘部に触れた。  触れたらわかった、瑛太に熱が注がれたこと 「ああ…まだ中に残ってたよ……」 「あ……あ……」 「乾いた指でも難なく入って掻き出せた、ダメじゃないか、浮気をするなら徹底的に証拠は隠滅しないと……それとも…」 倭は瑛太のシャツを遠慮なくめくって瑛太の美しい白い肌を全て隈なく見つめる。何個か見つけた不器用な斑点に、倭は噛み付いて上書きをする。 「やああっ! や、やだ、やめて、倭ぉ…! ごめ、なさい…!」 「わざと見せつけてる? それなら許してあげるよ……」 「そ、そんな、じゃない…違うから…」 怖くて、悔やんで、瑛太は倭の目を見れない。両腕で顔を隠してただ震えるしかできない。だけど非力な瑛太と倭の力の差は歴然で、腕で作った隠れ蓑も簡単に破壊されて目を隠せないようにネクタイで両腕を縛られた。 「や…やだ…ごめん……もう、しない……」 「うん、当たり前だよ…もう瑛太は俺の恋人なんだから……瑛太は、俺が好き、でしょ?」 微笑みかけてくる倭の顔はいつもと同じで穏やかで、恋人のそれだった。輪郭やこれから倭を受け入れる秘部を愛撫する手も、声色も。 ただ、見つめてくる瞳は瑛太のモノクロでもはっきりと映る「怒り」を含んでいた。 グチュグチュといやらしい水音を立てて、前立腺を指先で刺激されても恐怖が打ち勝っていて快感を得ることができないでいる。 「はぁ…あ、はぁ…う……も、やめ、て……」 ズキンズキンズキンズキンズキンズキン (あれ、前にも、こんなことあった?) 倭は時折ひどく抱いてくることがあるが、そこには瑛太に寄り添う心があった。だから瑛太も受け入れることができた。こんな強姦のようなセックスは決してない、はずだった。 「瑛太…好きだよ……」 ――瑛太…好きだよ…… 瑛太の記憶の奥底から聞こえてくるのは激しい潮騒、まるで海岸で聞くような大きな潮騒。ザザン、ザザン、岩を叩きつける波の轟音がする。 「はぁ、あ…」 何かを思い出した、と苦しく呼吸をしたと同時に倭の熱がねじ込まれる。 数刻前に注がれた絢也の熱が全て失くなってしまった。その喪失は、瑛太が殺していた記憶を呼び覚ました。 「やだあああああああああああああああああ!」 瞼を開いた瞬間、瑛太は倭のシャツが淡いブルーだと認識した。

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