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第38話 痛みを抱えた二人。

海岸に着くと岸辺に打ち上げられたクジラとイルカを目にし、先程受けた報告よりも更に数が増えている事に皆が愕然する。 「こんなに…」 「どうして…」 ゼミ生達がその場から動けずにいると祐正の怒号が響いた。 『惚けてる暇はねぇど!ちゃっちゃっとトラックに乗せろ!!』 「「はいっ!!」」 少しの遅れが命取りになる… 祐正と陽川に指示を仰ぎ、ゼミ生達は一心不乱に作業を進める。イルカをトラックに乗せ終えると、張り詰めていた糸が切れる様に疲労がどっと押寄せ、皆その場にへたり込んだ。 日は既に昇り、強風は収まりつつあった。 皆がぐったりとしている中、陽川は環境保護団体の職員に現状を告げる。 「現時点でクジラが5、イルカが16上がっています。クジラは残念ながら既に息絶えています。隣市の水族館から保護許可がおりましたので、生きているイルカ9頭を其方に運んで下さい。」 水族館へは祐正が同行する事になり、イルカを乗せたトラックは海岸を後にした。 「皆んなご苦労さん。時化も引いたし、これ以上被害は広がらないだろう。」 陽川の穏やかな表情に皆が安堵の息を漏らす。 「鯨類飼育機関に連絡したが、到着するまでには時間が掛かりそうだ。俺が此処に残るから、お前達は宿に戻って休んでくれ。」 「死んでしまったクジラとイルカはどうなるんですか…?」 杏奈の問いに陽川の表情が沈む。 「…国立科学博物館の研究員に引き渡す事になった。其処で解剖される。」 「解剖…ですか?」 「ああ。」 机上で論じていたものの、現実を目の当たりにし、ショックを隠し切れない様子のゼミ生達に陽川が優しく諭す。 「これ以上犠牲を増やさない為にも、原因究明はやむを得ん。お前達にも分かるだろ?」 「「はい…」」 皆が車に乗り込む中、絢也だけがイルカの傍から離れようとしない。哀しみに打ちひしがれ縮こまった背中は、7年前の彼を彷彿とさせるものだった。 「絢也。お前も一旦家へ帰れ。」 『……』 話し掛けても何の反応も示さない絢也。陽川も彼の気持ちが分かるだけに、無理に帰すのも躊躇われた。 トラックが到着する頃だ。絢也を此処から離した方が良い。だが、独りきりにするのも… 陽川は少し離れた場所で海を見つめている瑛太に視線を移す。 倭には悪いが、一緒に居させた方が安心だな。 「瑛太。悪いが絢也を連れ出してくれないか?」 「え…でも…」 「11年前にもイルカが大量死したろ?あの時、絢也もこの海に居た。だから、死んじまったイルカ達が運ばれて行くの見せたくねぇんだ。」 「分かった…」 瑛太は陽川から車の鍵を受け取り、絢也の元へ歩みを進めた。彼の背中が10年前の自分と重なる。 「静海君。」 『瑛太さん…』 声に反応し顔を上げる絢也。彼の悲痛な面持ちに瑛太の胸が詰まる。 「あの…俺、運転出来ないから宿まで送ってくれるかな?」 黙って頷く彼の手を引き駐車場へ向かった。車に乗り込んだ二人は、車内から海を眺める。 風が止み水面が静かに揺れる波。先程の荒々しさが嘘のようだ。 『人間って無力だな。彼奴ら(イルカ)を助けてやれんかった。』 「そうだね…自然を前にしたら、人間が出来る事なんてたかが知れてる。でも、日々の研究が布石となり、いつか実を結ぶ日が訪れると俺は信じているよ。」 瑛太の言葉に絢也の瞳から涙が溢れる。 「絢也君も俺と同じ理由で、この道を選んだんじゃない?」 『俺…情けねぇ…瑛太さんの方が辛い思い…』 「情けなくなんかないよ。」 『う…うぅ…』 瑛太は嗚咽する絢也の髪を優しく梳き、助手席からそっと抱き締めた。

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