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第39話 monochrome regret

なんとか落ち着きを取り戻した絢也はハンドルを握った。 「………ごめん…………五色さん」 「………別に、大丈夫……」 縮めていた距離を絢也は何歩も離れていく、それに瑛太は泣きそうになった。 「ちょっと…もう少しだけ、付き合ってください」 絢也は車を発進させる。 民宿の手前で曲がり、静海家のある細い道をひたすら走る。一軒家、静海家が見えてきたが、絢也はそれを通り過ぎさらに奥ばった場所へ向かう。 手入れがされてない山肌、舗装もままならない割れた道路、うっそうとする景色、瑛太の朧げだった景色が鮮明になる。 フロントガラスが雨粒だらけになり絢也がワイパーをかける、そして拓けた景色には深緑と灰色のなんとも憂鬱な色が瑛太に映った。 「もう10年近く…そのままになってるんだ。道は私道じゃないからある程度は整備されてっけど…」 アスファルトが砂利になってガタガタと車窓も揺れる。木も草も伸び放題の庭が見えて、絢也は手際よく停車した。 エンジンが切れた途端、サアサアと降る小雨の音がやかましく響く。 「青柳がイルカの死に場所だなんて言われて、青柳でイルカが死なねぇように研究してくれる先生が住んでるってことしかじいちゃんも親父も教えてくれなかった」 何年も放置された空き家を眺めながら絢也は寂しさを思い出す。 高度成長期に建てられた昭和の最新式でノスタルジックな侘しい家には瑛太の思い出が詰まっていた。 2人は車を降りると雨が降っているのに駆けることなく、吸い込まれるようにゆっくりと玄関に向かう。 アルミサッシと板ガラスの引き戸を静海家の鍵で解除してそろそろと開けた。 「遺品とか、色んな整理は亡くなった先生の親がやってくれたらしい。俺も手伝わされたの覚えてる……何で会ったことねぇ人んちの片付けしなきゃいけないのかって文句言いながら」 家に入ると埃の臭いが2人の鼻をつく。絢也は躊躇うことなく長靴を脱いであがり、瑛太は動けずにいる。 「親父とじいちゃんが大時化のあとだったのにってすごい後悔してた、兄貴もピタッとヤンチャが止まった……俺や淳吾は、学校の体育館で亡くなった先生の代わりの先生に海について教わった。海は広くて怖いんだぞって」 床板がギィギィと絢也が歩く度に鈍く鳴る。 焦げ茶の古い板、砂壁、急な階段、い草の匂い、すきま風の音、自分より先に歩く大きな背中。 「俺はすげームカついた。ここに住んでたっていう先生の息子で兄貴の先輩……いねぇんだもん、どこにも。それ言ったらかあちゃんに怒られたけど」 瑛太は気がついたら祖父母の家に引き取られ、青柳から離れ、倭に愛されていた。「なにも考えなくていい」と哀れに思われ甘やかされていた。 (俺は逃げてた間に…会ったこともない子供に尻拭いをさせてた、のか……) 「五色さん、傑さんって人とここに一緒にいたんでしょ?」 「……………うん」 「兄貴にきいた、五色さんって学校でもかなり浮いてたって。なのにどうして青柳(ここ)にいれたの?」 「………………それは……」 「地元の先輩に襲われたあとも平然と学校に来てたって、普通じゃできねぇよ。兄貴みたいなヤンキーがビビってたよ。傑さんがいたから、ただそれだけだから? そんなに、そんなになっても好きな人だったら………」 絢也のつらい、かなしい声が、響く。 なのに、涙を流すのは瑛太のほう。 「どうして…俺に抱かれたの?」 瑛太は悔いた。 なんて残酷なことをしたのだと。 それは、倭に対しても同じで。 また強くなる雨が古い家をうちつける。

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