5 / 12

【4】

 大祭を明日に控えた朝だというのに、蛇水神社はいつも通りの静けさを保っていた。  部外者を排除し、祭りと言っても境内への立ち入りを禁止しているせいだろう。宵祭りと言えば屋台や出店などで参道が賑わい、村の人々も浮き足立つ。そういったことは、村内に特別に設けられた場所で行われ、神社には誰も近づくことはない。だから観光客も、明日の花嫁のお披露目まで祭りという雰囲気を味わうことはない。その辺も奇祭と呼ばれる理由なのだろう。  しかし、宮司である灰英は早朝から境内を走り回っていた。弥白の沐浴が終わると同時に、朝食の用意を手早く済ませ、供物として捧げられる野菜や果物、米や酒などを事前に頼んでおいた店まで車で取りに行っていた。  たった一人でこの由緒ある神社を切り盛りすることは実に大変な事であるが、今までいくつか持ち込まれた縁談は全て断っていた。 「――弥白。潔斎の儀を行うぞ。参籠所(さんろうじょ)の奥にある湯殿に先に行っててくれ。俺は準備をしてからすぐに行く」  離れの障子戸を開けて顔だけを覗かせた灰英は、まだ着替えの最中だった弥白に構うことなくそう告げた。  白衣に紫色の袴、濃い栗色の髪はさっぱりとカットされ、いつもよりも凛々しく男らしさを感じる。 「分かった……」  参籠所は離れと渡り廊下で繋がっているため、外に出る必要はない。  正幸に襲われそうになってから、灰英の警護はより厳重になった。水越と一緒にいても、普段見たことのない鋭い眼差しを向けてくる。外に出ることを禁じられた弥白は、日中もこの部屋で過ごすことがほとんどだった。  パタンと音を立てて障子戸が閉まったことを確認し、弥白は着かけていた着物の前をはだけ自身の体を見下ろした。  白い肌に転々と散る赤い鬱血。最初はどこかにぶつけた際に出来たものだと思っていたが、沐浴の際に全身にあることに気付いた。  要因なく肌が鬱血することはあり得ない。まして健康状態は良好で、何かの病気を患っていたという経緯もない。  その痣をなぞるように指で触れると、腰の奥のあたりがズクリと疼いた。そして背中にもピリリとした痛みが走り、わずかに顔を顰めた。 「灰英になんて説明すればいいんだろう……」  潔斎の儀では花嫁となるために毛髪以外の毛を剃り落とす。必然的に着物を脱がなければならないことは分かっていたが、弥白にも全く身に覚えがない事ゆえに、灰英にどう説明すればいいのか悩んでいた。  蚊に刺された……というには不自然な赤み。まるでキスマークのようにも見える。  着物の前を合わせ、小さくため息をつきながら昨夜見た夢のことを思い出す。  でも覚えているのは断片的で、思い出そうとするとこめかみが痛くなるのだ。今までも何度か見てきた夢――しかし、昨夜はちょっと違った。  大きな手で与えられる快楽はやけにリアルで、後孔を貫かれる感触も生々しかった。肌に絡みつく腕は力強く、まるで蛇のように弥白の動きを抑え込み、ただ快感だけを記憶の奥に植え付けた。  夢の中で弥白は処女を失った。関節の痛みと異常な怠さに目を覚ました彼だったが、布団も敷布も、まして自身が身に付けている着物さえも乱れたところは一つもなかった。ただ、寝所に残っていたのは微かに香る麝香の香りだけだった。  何者かも分からない。夢に現れる大きな二つの影は快楽と失望という相反するものを弥白に見せる。  共通して言えることは、弥白はその者たちに体を開かれ、自分では知り得ることのなかった快楽を与えられる。  自身でも目にすることのない秘部を晒し、熱く硬い男のモノに割り開かれ、最奥を抉られる。  女のような嬌声を上げ、狂ったように腰を振る自分を、まるで他人を見ているかのような視点で見おろす時もある。愛撫とキスで蕩けただらしない顔で、大きく脚を開いて見えない相手に懇願する淫乱な自分。  夢は潜在意識が見せるものだと言うが、自身の中にそんな願望が眠っているのかと考えただけでゾッとする。  はっと我に返り慌てて帯を締めると、弥白は部屋を出て足早に湯殿へと向かった。  数年前に不老朽化により改築した参籠所は、まだ新しい桧の匂いに包まれていた。  板張りの廊下を歩き、どこかの温泉地にある露天風呂を思わせる豪奢な作りの湯殿は、神事の際にしか使用されないというのだから驚きだ。  弥白が滞在している離れには近代的なユニットバスが用意されているため、こういった場所に足を踏み入れることは日常ではまずない。  白木で統一された格子戸を開けると、脱衣所にはもう灰英の姿があった。 「遅かったな」 「ごめん……。ちょっと手間取っちゃって」  無表情で持っていた手桶を棚に置くと、慣れたように白衣の袖をたすきで纏めあげた。履いていた白足袋を脱ぎ、袴の裾も捲り上げた。  その手際の良さに感心しながら見つめていた弥白に気付いた灰英は顔をあげると、実に事務的な口調で言った。 「着物を脱いで……。下着もだ」 「え……」 「全身の毛を剃るんだぞ? 裸にならなくてどうする」  幼い頃は一緒に風呂に入ったこともあった。今は、あの頃のように何も知らない子供ではない。この歳になって、片想いの相手に全裸を見せるということがどれだけ恥ずかしい事か知ってしまっている。  一日三回の沐浴でも何度か弥白の裸は見られている。しかし、それはわずかな時間であり、お互いを意識して見たり見せたりしているわけではない。  改めて「脱げ」と面と向かって言われれば、弥白とてそれなりの羞恥心は持ち合わせている。 「――恥ずかしいよ」 「何を今更言ってるんだ? 沐浴の時は恥ずかしくないのか?」 「それとこれとは話が別だよ……」 「言っておくが……。俺は神事を執り行う宮司だ。今まで何人もの花嫁の潔斎を行ってきた。男も女もだ。いちいち、感情を持っていたらやりきれない」  灰英のその言葉に、弥白の胸が小さく痛んだ。  やはり、灰英にとって弥白は蛇神への献上品であり、何の感情も抱いていないのだと――。  ただの幼馴染、ただの弟みたいな存在。  弥白が寄せる灰英への想いの大きさとのギャップが余計に悲しくなってくる。 「――早くしろ。俺はまだやることがある」  急かすような口調に、弥白は小さく吐息して唇を噛むと、黙ったまま頷いた。  手桶に入れた榊と紙垂、和紙にくるまれた剃刀の刃を確認するように弥白に背を向けた灰英。そのタイミングで、弥白はきつく締めていた帯を解き、薄手の着物を床にするりと落とした。  通気の為に開けられたガラリから吹き込む風に肌が粟立つ。  隠しようがないと分かっていても、自然と股間の前に手が添えられる。  彼に見られていると思うだけで、下肢が熱くなり、はしたなくも茎が力を蓄えていく。  半勃ちになった自身を見られたくなくて、弥白は背を向けながら浴場の戸を開けた。  大小さまざまな黒い石が敷き詰められ、モザイクのようにも見える床に足を置くと、目の前に置かれた大きな桧風呂から上がる湯気を吸いこんで小さく咳き込んだ。  半露天風呂のような造りの浴場は、ガラス越しに見えるのは綺麗に手入れがなされた庭園。  屋根は大きく建物から突き出しており、ガラスの上部にはガラリが設けられ、外の空気を感じながら入ることが出来た。  伝統建築と近代建築を融合させた趣のある湯殿だ。 「すごい……。どこかの旅館みたいだ」  感嘆の声をあげる弥白の後を追うように浴場に入ってきた灰英は手桶から榊の葉を取り出すと、祝詞を唱えながら湯船の湯をその枝で大きく払った。  温泉地にでも来た気分になっていた弥白は、ここに入るなり神事を始めた灰英の姿を見て自身を戒めた。  これは潔斎の儀。決して遊びで来ているわけではないのだ。  慌てて口を噤んだ弥白をちらっと横目で見た灰英は、榊の葉に滴る湯を弥白の体に振りかけた。  冷えた体に飛び散った湯は熱くはなかったが、その体を目にした灰英が驚いたように目を見開いたことに、弥白はわけもなく罪悪感を感じていた。 「――その体、どうしたんだ?」 「分からない。目が覚めたらこうなっていた」 「今朝は何も言ってなかったじゃないか」 「言えないよ。俺だって、どうしよう……って思ってたんだからっ」  弥白との距離を詰め、灰英はその体についた赤い鬱血にそっと触れた。小さく息を呑み、視線を彷徨わせてから、すぐに平静を取り戻したかのように表情を戻した。 「――蚊に刺されたんだろう。痒くないか?」 「痒くはないけど……。なぁ、これって……キス……」  言いかけた弥白の口を塞がせたのは、灰英の苦しそうな表情だった。端正な顔を険しく歪ませ、何かを思い悩むような眼差しに弥白は言葉を失った。  やはり彼も気付いたのだろう。これが自然に出来るモノではないと。  でも、彼の厳重すぎると言ってもいいほどの監視のもと、正幸の仕業ではないことは明白だった。  嫁入り前の花嫁の体にこんな情痕を残したとすれば、灰英も黙ってはいない。  だが、分かっていて知らないふりをした彼に、弥白は違和感を感じていた。 「灰英……」 「――体が冷える。さっさと済ませるぞ。椅子に腰かけて」  弥白の追求から逃れるかのように視線を逸らした彼は、和紙に包まれた剃刀を手に取ると、手桶の湯で石鹸を泡立てた。  弥白は彼の指示に従い、桧で作られた椅子に腰を下ろした。 「まずは腋からだ。両手をあげて……」  灰英の様子は数分前とまるで変わりはなかった。両手を挙げた弥白の腋に石鹸の泡を擦りつけると「動くなよ」と短く呟いた。  元来、弥白は体毛は薄い方だった。腋も脛も毛量はない。生まれつき、色素が薄かったせいか毛の色も透き通った茶色で産毛程度だ。  ただ、下生えだけは黒々としていた。肌が白いせいか、それだけがやけに目立っている。  剃刀の刃が肌を滑っていく。自然と息を殺してしまうのは、灰英を信用していないわけではなく、自分が確実に花嫁に変わっていくという覚悟からだった。 「今までに何人も……」  灰英の言葉が蘇り、彼に剃毛された者たちにわずかではあるが嫉妬さえ覚えた。  彼に手が体のいたるところをなぞる。そして、普段人には見せないような場所まで素手で触れるのだ。 (この手で……他の男のペニスに触れたのか)  少し節のある長い指が茎を持ち上げたり、女性の陰部を開いたりしたと思うだけで息苦しくなってくる。  ザリザリ……と刃が滑る音がやけに大きく聞こえ、嫉妬と羞恥が入りまじった感情に、弥白の体は薄らとピンク色に染まっていった。 「――大丈夫か?」  不意に頭上から降ってきた声に、ゆっくりと瞼をあげる。 「何が?」 「湯気で逆上せたのかと思った……」  剃り終えた腕に湯を掛けながら灰英はぼそりと呟いた。 「大丈夫……」 「そうか、ならいい……。次、下の方へ行くぞ。脚、少し開けるか?」  剃刀を湯で漱ぎながら、灰英は努めて弥白の方を見ずに言った。 「こう……かな?」  言われるままに脚を開いてつま先を投げ出した弥白が問うと、灰英はわずかに首をそちらに向けてゴクリと唾を呑み込んだ。  そこには白い肌に異質ともいえるほど黒々とした下生えがあり、その中央には小ぶりではあるがしっかりと男の形を成したペニスがわずかに頭を擡げていた。  尻に両手を差し込むようにして、体をやや後ろに傾けた弥白の姿がまるで誘っているかのように見えて、慌てて首を振った。 「少しは恥じらえ」 「恥ずかしいよっ! でも、灰英に動くなって言われてるし、この方が剃りやすいでしょ?」 「そうだけど……」 「こんな姿誰にも見せられないよ。灰英にしか……」  含み笑いを見せた弥白に、灰英の下半身は大きく反応していた。幸い、たっぷりとした作りの袴のおかげで露骨に晒されることは免れたが、湯気に煙る浴場ですべてを曝け出す弥白の色香に当てられていたことは否定できない。  出来ることならば、ここで押し倒して――。  自分の中の邪が抑えを押し退けて現れそうで怖かった。  無駄に手桶に手を突っ込み、石鹸を異常なほどに泡立てる。そんな動揺を知ってか知らずか、弥白はしっとりと濡れた栗色の髪を無造作にかきあげた。  首筋にも赤い鬱血がいくつも見える。視界の端にそれを捉え、忌々しげに小さく舌打ちした。 「ほら、剃るぞ! 動いたらチ○コ切れるぞ」 「使い物にならなくなったらどうするの?――って、もう使うこともないか」  自嘲気味に呟いた弥白を上目づかいで睨みつけた灰英は、乱暴に石鹸の泡を擦りつけた。 「ちょっ! 灰英っ」 「黙ってろ……」  鋭い声に弥白が口を噤んだ瞬間、臍の下に剃刀の刃が当てられた。  ザリザリ……。他の部分の毛よりも硬いせいか、剃る感触も今までとは違っていた。  一筋、二筋……と生えていた毛が剃り落されていく。一通り刃を入れた後で、もう一度石鹸をつけて、短くなった毛を綺麗に剃り落していく。  灰英の手が弥白のペニスを掴みあげた。 「んん……っ」  緊張のせいか、いつもより敏感になっている茎に触れられたことで堪えていた息が漏れた。  静かな浴場に反響し、弥白の羞恥心はさらに大きなものへと変わった。  顔を背け、小さな声で言う。 「灰英……。そこ……んっ。やだ……持たないでっ」 「そういうわけにはいかないだろ?――お前、まさか感じてるのか?」 「違う! 灰英が触るから……あぁ……っ」 「充血してきてるぞ? 大丈夫か?」 「そういうこと、言わないで! さっさと終わらせ……ろっ」  弥白の反応を楽しむかのように、灰英は口元に笑みを浮かべていた。自分の手で最愛の男が感じている様は何よりも扇情的で、今まで触れることさえ出来ず、ずっと自身の中で抑え込んできた感情が溢れ出すのを感じた。 (犯したい……。滅茶苦茶にしたい)  継ぐ次と溢れ出る欲望を抑えつつ、滑らかな肌に剃刀の刃を滑らせていく。  たっぷりとした袋をそっと持ち上げて、生まれたままの姿へと変えていく。  森林の澄んだ空気が入り込む浴場に、弥白の掠れた声が響いた。 「灰英……はぁ、はぁ……っ」   秘めた欲望を抑えていたのは灰英だけではなかった。弥白もまた、報われない想いだと一旦は封じ込めた彼への想いが溢れ出し、その体と心を熱くしていく。  何者かに残された情痕を灰英から与えられる熱で上書きするかのように、弥白は細い体を艶めかしくくねらせた。  下生えをすべて剃り終えると、今度は脛に剃刀を当てた。  それまで与えられていた快感が遠のいてしまった弥白は、身勝手な欲求を牽制するように自身の人差し指を口に含んで歯を立てた。その痛みが徐々に現実へと引き戻していく。  灰英が自身に施しているのは神への献上品としての務めであり、決して邪な想いなど抱くはずがない――と。  もしかして彼も自身のことを想ってくれているのでは? と都合の良い思い上がりに、弥白はそれまで力んでいた肩の力を抜き、彼に気付かれぬようため息をついた。  ガラス窓から差し込む光が湯気の粒子をキラキラと輝かせ、二人の体に舞い降りる。  弥白だけでなく、灰英の髪も身に付けている白衣もしっとりと湿り気を帯び、筋肉質な二の腕を透けさせた。 「――落ち着いたか?」  剃り落とした毛に手桶で湯を掛けながら、努めて落ち着いた声で問うた灰英は、上目づかいで弥白を見つめた。  弥白の火照った顔、その手前で未だに何かを求めて震えているペニスに視線を向ける。 「酷いよ、灰英……。期待させるようなことばっかり……」 「期待?」  両脚に湯を掛け終えた灰英が手にしていた剃刀を丁寧に和紙に包みながら、何気ない口調で聞き返した。  しなやかに伸びた弥白の足を掌で優しく撫でてから、再び上目づかいで彼を見つめた。  どこまでも真っ直ぐな黒い瞳。それが光の加減だろうか、金が混じった青色に見える。 「――期待させてるのはお前の方だろう? どんな奴の前でも、そんな甘ったるい声をあげるのか?」 「え……」 「そうだな――まるで、雄を引寄せる発情期の雌。甘い麝香の香り、濡れた唇。誘うようなその目……抗えるはずがないだろうっ」  灰英は腹の底から唸るような声を発すると、弥白の両足首を力任せに掴んで大きく開いた。 「やっ! なに……するんだよっ」  脚を持ち上げられた反動でバランスを崩し、低い椅子から尻を滑らせた弥白は、冷たい石床に腰を落とした。  表面はなだらかに磨かれてはいるが、埋め込まれた凹凸が背中に食い込む。 「灰英! 離して……っ」  灰英は開いた弥白の脚の間に体を滑り込ませると、堰を切ったように充血したペニスに喰らいついた。 「いやっ! あぁ……やだ……っ! 灰英……んふっ」  冷えた空気に晒されていたペニスが熱に浮かされた口内に包み込まれる。茎に絡まる灰英の舌がまるで別の生き物のように動き、カリから先端、そして鈴口の入口を抉るように動き回った。  彼への想いと共に冷めかけていた熱が一気に体中に広がっていくのを感じ、同時に隠すものが何もなくなったあられもない自身の姿に弥白は強烈な羞恥を覚えた。  ジュルジュル……グポッグポッ。  激しく吸引を繰り返しながら頭を上下する灰英の髪に指を埋めて、弥白は必死に頭を振った。 「離して……やだ……っ。こんなこと……ゆるさ……れ、ないっ!」  蛇神に娶られる日を目前にして、神職である彼がしていることは神への冒涜――それ以外のなにものでもない。  脚をばたつかせ抗ってはみるが、弥白よりも長身でがっしりとした体躯の持ち主である灰英を突き飛ばすことは不可能に近い。  それに、あり得ないほどの力で押さえつけられた足首は、与えられる快楽の逃がすすべを失い、足の指を丸めて石床を踏ん張ることしか出来なかった。 「はう……はぁ、はぁ……やめて……もうっ」  弥白の頭の中で二つの思いが交錯していた。灰英の行いが蛇神に気付かれれば、花嫁を穢された怒りから逃れることは出来ない。灰英自身にその災いが向けられるのか、それとも村に降りかかるのか……。その恐怖に慄き、自身の愚かな想いを悔いた。  そしてもう一つ――。長きに渡り思い続けてきた最愛の男にすべてを委ね、蛇神を裏切り、体を繋げてしまおうか。そのあとの事なんて考えなくていい。今は……灰英に滅茶苦茶にしてほしい。  潤んだ視界に飛び込んできたのは、ペニスを頬張りながら弥白をだけを見つめる青みがかった灰英の瞳だった。普段の彼からは想像できないほど野性的で鋭い眼差しに、弥白は目を背ける事も出来なかった。 「灰英……っ」  弥白が小さく叫んだ時、片方の足首から彼の手が離れた。ぐったりと力なく痺れた脚を石床に伸ばした瞬間、後孔に異物感を感じて体を強張らせた。 「え……。なに……っ」  長く節のある彼の指が円を描くように蕾を愛撫し、何の前触れもなくその先端を突き込んだ。 「い……いやぁぁぁ。ダメ……そこは……あ、あぁ……ダメ! イ……イクッ――んあぁぁぁ!」  弥白の白い身体がビクンと大きく跳ねる。脚の間に顔を埋めていた灰英の顔を挟み込むように腿が小刻みに痙攣すると同時に、充血した小ぶりなペニスが脈打ち、灰英の口内にドロリと白濁を迸らせた。その量は予想以上に多く、茎を咥える灰英の唇の端から一筋流れ落ちた。 「はっ、は……っ」  残滓までも吸い取るかのようにゆっくりと茎をなぞりながら離れた灰英は上体を起すと、薄い胸を喘がせて体を弛緩させる弥白に体を重ねた。  潤んだ目は焦点を合わすことが出来ずに空を彷徨っている。そんな弥白の頬にそっと手を添えた灰英は、顔を傾けると半開きの唇に自身の唇を重ねた。 「ん……んんっ!!」  厚い舌と一緒に粘度のある白濁が口内に流れ込んでくる。まだ呼吸も整わない状態の喉にねっとりと絡みつき、鼻から抜ける独特の青い匂いに眉を顰めた。 「が……かはっ! ごほ……っ、おぇ……んんっ」  体を曲げながら咳き込もうとするが、重なった灰英の唇が角度を変え、執拗に吸い上げる。  白濁が唾液と共に絡まり合った舌は、クチャクチャと音を立てて糸を引く。  力を失ったペニスに重ねられていたのは、袴の生地越しでもはっきりとわかるほど怒張した灰英の欲望だった。 「か……い、え……」  まるで宝物でも手に入れたかのように優しく、時に激しく啄む灰英。その唇が離れた時、弥白は吐息交じりにその名を呼んだ。   それに気づいた彼は弥白との間に銀色の糸を纏わせたまま見下ろした。 「弥白……。ずっと好きだった」 「え……」 「お前に嫌われたくない。だから――言えなかった。でも……蛇神様を裏切った今、なんでも言える。お前を愛している……離したくない」 「灰英……」  着崩れた灰英の白衣の襟元からちらりと覗いた灰色の蛇の頭。それを目にした弥白は小さく息を呑んだ。  恐る恐る手を伸ばし、白衣の肩を落としながら指先でその頭を撫でた。  牙を剥き出し、鋭い碧眼で睨む蛇――それはどことなく、先程までの灰英に似ていた。 「蛇……」 「――お前にはずっと隠していた。俺は今までの水神家にない特殊な霊力をもって生まれた。この神社の御神体である黒蛇と相通じることが出来たんだ。だから……彼の眷属として契りを交わした。背中の刺青は蛇神の所有であることを示す呪縛。彼から逃れる事も、欺くことも許されない。だが……お前だけは譲れない。幼い頃からずっと……お前だけを見ていた」  今まで内に秘めていた想いを苦しげに吐き出す灰英を見上げ、弥白は静かに目を閉じた。目尻から一筋の涙が流れ、床に広がった栗色の髪に沈んだ。 「――れも」 「え?」 「俺も……だよ」  白濁と唾液に濡れた唇を震わせて、声にならないまま心の内を吐き出す。  憧れの存在、兄のような灰英。優しく、時には厳しく自分を戒めてくれた両親よりも近しい人。  口に出すことさえ憚れた彼への想い――。  心の中にため込みすぎて、いつ暴発してもおかしくないほどに膨れ上がった彼への愛情。  それが今、少しずつ溢れ出していく。 「灰英のこと……ずっと、愛してた。でも――もう、終わり」 「なに……?」  無理やりに作った笑顔は無様に歪み、溢れる涙は次々に頬を濡らした。  やっと想いが通じた灰英にそんな顔を見せたくなくて、弥白は片腕で顔を覆った。 「――灰英は悪くない。誘ったのは俺……」 「弥白?」 「誰かれ構わず男を誘う淫乱な花嫁だって……。そう蛇神様に伝えて。この罰は俺一人が受ける。灰英は……関係ない」  そう、これは欲望に負けた自身のせい。灰英はその巻き沿えを食っただけ……。  蛇神の怒りがどれほどのものか、この村に住んでいれば知らない者はいない。しかも、一度ならず二度までも花嫁を失ったとなれば、この村がどんな状態になるか想像しただけでも背筋が凍る。  だから――自身が淫乱体質の花嫁と公言することで、蛇神の怒りを何とか鎮められないかと考えたのだ。 「家族も仕事も失った……。もぅ……これ以上、失いたくない。大切な人を失うのは、イヤだ」  声を震わせる弥白の腕をそっと押し退けた灰英は、額に張り付いた髪を指先で払いながら震える唇をそっと塞いだ。  先程から自身の背中を襲う鈍い痛み。おそらく、蛇神に気付かれてしまったようだ。 それを顔に出すことなく、灰英は弥白の涙を拭いながら何度も口づけた。 「俺はお前を護る……。小さい頃からそうしてきたように」 「灰英……」  弥白の首筋に顔を埋めた彼は、耳朶を甘噛みしながら低い声で囁いた。 「――渡さない。お前は誰にも渡さない」  湿り気を帯びた肌に張り付いていた白衣の袖を抜き、その逞しい背中でうねる灰色の蛇を露わにした灰英は、弥白を強く抱きしめた。弥白もまた、両手を彼の背中に回し、その蛇の姿をなぞるように爪を立てた。 「この情痕は誰に付けられた? 俺はそいつを許さない……」 「分かんないよ……。ホントに分かんないんだよ。信じて……」 「――分かった」  素直に頷いた灰英だったが、弥白の白い項に舌先を這わせると大きく口を開いた。  ガリッ。 「痛っ! 灰英……な……なにを……っ」  首筋に感じた針を刺すような鋭い痛みに弥白は声を上げた。しかし、それはほんのわずかな時間――いや、正確にはどのくらい経っていたかは定かではない。霞んだ視界の中で目にも鮮やかな青い光が二つ、自身を見ろしているのに気付いた時にはもう、彼の淡く清らかな蕾を割り割くように長大な灰英のペニスが穿たれていた。 「っぐあ……っ」  内臓を押し上げる様な強烈な圧迫感は昨夜見た夢を思い出させる。  だらしなく袴を引きずりながら、怒張した彼の楔だけを弥白の脚の間に深く埋めた灰英。今の彼がどのくらい余裕がなかったのか手に取るように分かった。 「弥白……。俺と契れっ」 「灰英……んはっ! はぁ、はぁ……ダメ! 抜いてっ!」  処女でありながらそこは十分に潤み、すんなりと灰英の太いペニスを受け入れた後孔は、卑猥なほどに薄い粘膜が引き伸ばされ、収縮を繰り返していた。  激しく腰を振り、抽挿を繰り返す灰英にしがみつきながら、弥白は最愛の男と繋がれた嬉しさと底知れぬ恐怖に体を震わせていた。  最奥を何度も突かれ、いい場所を擦りあげられるたびに意識が混濁していく。  断片的にスラッシュバックする夢で見た黒い影。その影が自分と重なる灰英の背後に見えた時、弥白は大きく目を見開いた。  そこには黒い身体をゆったりとうねらせる巨大な黒蛇がいたからだ。金色に光る双眸を弥白に向け、大きく牙を剥いた。 「ひっ!――蛇神……さまっ」  喉の奥で小さく叫んだ時、弥白の中で何かが弾けた。  大きく背を反らせながら嬌声をあげた弥白は、中にある灰英のペニスをきつく食い締めた。 「あぁぁぁぁぁっ!」 「っく……」  その強さに息を詰めた灰英だったが、スローモーションのように石床に背中を落とした弥白を見た瞬間、その動きが止まった。  涙で濡れた長い睫毛を震わせてゆるりと開かれた彼の瞳は、宝玉のような紅に染まっていた。  湯気に煙る浴場にぶわりと広がった麝香の甘い香りに眩暈を覚え、弥白をまじまじと見下ろした。  透き通るような白い肌、硬く尖らせた胸の突起を見せつけるように体をくねらせながら、わずかに開かれた唇から赤い舌をのぞかせる弥白の姿は村で語り継がれている伝説の白蛇そのものだった。  真実を見抜く紅の瞳――その目に魅入られた者は決して逃げられない。  まるで結界の中にいる様な張り詰めた空気に息苦しささえ感じる。 「弥白……お前っ」 「灰英、俺と一緒に堕ちよう。永遠に罪を背負って……」  弥白の中が激しく蠢動する。まるで蛇に絡まれているかのように強く……。  灰英の額から汗が飛び散った。引き抜こうとしてもきつく食い締められた後孔から逃れることが出来ない。何よりも、身の危険を感じながらも彼を犯すことをやめられない。  無意識に腰が動き、彼の中を激しく抉る。 「なんだ……これはっ」 「灰英……。お前の子種が欲しい……」 「弥白っ」 「――満たせ。我の器の望むままに……」  今までの弥白とは明らかに違う。発せられる声も凛とした低い声だ。  誘うように唇を重ねてくる弥白に困惑しながらも、灰英は限界を迎えようとしていた。  自慰だけでなく、水越に抱かれ生理的な欲求は満たされているはずだった。しかし、弥白の色香を目の当たりにした今、理性の箍は完全に外されてしまっていた。 (何がどうなったら……こうなるんだっ!)  訳が分からないまま腰を振り続ける。そして――。 「来て……灰英。ほしい……精子……ちょ、だい」  勝ち気な栗色の瞳が灰英を見つめている。更なる快楽を期待して掠れる声も、よく知る弥白のモノだった。 「弥白! 弥白なんだよな……はぁはぁ……あぁ、も……イク。っぐあぁぁぁぁ――!」 「ひゃっ……あぁぁぁぁぁっ」  深く腰を突き込むと、隘路を駆け上がった灼熱を弥白の最奥に叩きつけた。ドクドクと脈打つ茎を絞るように彼の中が激しく動き始めると、灰英は二人の体の間で弾けた弥白の精液の熱さに息を荒らげた。  浴場に響き渡るほどの嬌声をあげて果てた弥白はぐったりと弛緩し、意識を失った。  すっと愛し続けてきた弥白を手に入れた喜びと、ほんの少しの後悔、そしてこれから訪れるであろう罰に慄きながら、灰英は薄らと血が滲んだ後孔からまだ力を保ったままのペニスを引き抜いた。  寒椿の色を思わせるような薄い粘膜が捲れあがった後孔から溢れ出る自身の精液を指で掬うと、意識のない弥白の唇にそっと含ませた。  透き通った青い瞳がすっと細められる。 「――どこまでも堕ちよう。共に……」  先程から背後に感じていた蛇神の気配。それに気づいていてもなお、弥白との繋がりを解くことをしなかった灰英。背中には鎌鼬のような切り傷が無数に残り、その一部からは出血もしていた。  蛇神の嫉妬、そして怒りの前兆を受けても弥白だけは離さなかった。  しかし、腕の中の弥白は弥白ではなかった。灰英が首筋に噛みつき媚薬を注いだことは違いない。だが、白蛇を思わせる紅の瞳は異質で、あの乱れ方も尋常ではなかった。今も艶めかしくうねる肢体が灰英の脳裏に焼き付いて離れない。  彼と接していて、今まで特別な霊力や気は感じたことがない。蛇神の力を得た灰英ならばすぐに気づいてもおかしくないほどの力が動いた。 「――弥白。お前は一体、何者なんだ」  冷たい石床に横たわる美しい花嫁を見下ろして、灰英は気怠げに髪をかきあげた。  元来濃いこげ茶色である彼の髪は、艶を帯びた灰色へと変わっていた。それは気づかぬうちに本来の姿になっていたことを意味していた。  主を裏切り、彼の花嫁の処女を奪った――。こんなことは決して許されることではない。  相手は古くから崇められてきた蛇神だ。彼の恐ろしさは蛇神守である灰英が一番よく知っている。 「絶対に敵に回したくないヤツ――だったのにな」  自嘲気味に唇を歪め吐き捨てるように呟くと、弥白の冷えた体を手早く着物で包み、軽々と抱き上げて浴場をあとにした。

ともだちにシェアしよう!