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【9】

 四方を闇と御簾に囲まれた座敷には仄かに漂う香が焚き染められ、正面には白木造りの祭壇が設けられている。  御簾の向こう側には多くの食物や反物、そして米俵や酒などが置かれていた。  座敷のほぼ中央。まだ青い藺草の上に敷かれたシングルサイズよりもやや大きめの布団には、糊のきいた敷布が掛けられ、その上に横たわるようにして弥白の姿があった。  白無垢の裾を乱したまま、栗色の柔らかな髪を散らし、行燈の薄暗い光に照らされた頬は透き通るほどに白く美しい。  その傍らには、金色の瞳をギラリと輝かせ、数百年ぶりに体を満たす力に身を震わす黒芭の姿があった。  艶やかな黒髪は先ほどとは比べ物にならないほど輝き、その体に纏った筋肉もより逞しくなっていた。  端正な顔立ちは妖艶さを増し、彼がこの村を襲って封じられた力が戻ったことを意味していた。 『――これでお前を迎えられる』  玄白にさせたツライ思い。彼の生まれ変わりであり、その心を持つ弥白に同じ思いをさせることはないと誓った。  完璧な力を取り戻した黒芭は今、神々の中でも上位に位置づけられている。その証拠に、今宵の婚姻の祝い物として、話を聞きつけた各地の神々からの贈り物が絶えず運び込まれていた。  弥白を愛し、眷属であり自身と同等となった灰英を愛する。  その力は二人をさらに高め、自身へと還元される。  闇に包まれたこの神殿で眠っていた本来の体をその身に収めた黒芭は着物の袖を捌きつつ、鋭く伸びた細い牙を見せて優雅に微笑んだ。  弥白を見下ろす様に体を傾けた時、御簾の向こう側で黒い影が動いた。その気配にわずかに視線を上げて口元を綻ばす。 『灰英か……。ご苦労であったな』  衣擦れの音と共に、畳を踏みしめる足音が周囲に張り巡らされた結界を揺るがした。  大きな手が煩わしそうに御簾を捲りあげる。わずかに前屈みになり、頭上に乗せた冠を気にしながら座敷へと足を踏み入れると、その場の空気がさらに冷たく、弾けばピンと音がしそうなほど張り詰めた。 「――俺が生きている間にはこんなこと絶対にないと思ってたけど、親父から聞いておいて良かったよ。貴方の力を解放した瞬間、社の空気が変わった……」 『社だけではない。お前も……気付いているだろう』 「あぁ……。今まで以上に貴方の気を感じる。それと同じくらい貴方に対して心が開かれている。まるで裸でいるかのようにな」  喉の奥で自嘲気味に笑った灰英の青い瞳が鈍い光を放つ。その色は今までにないほど美しく蠱惑的に黒芭を魅了した。 『灰英――お前はもう我の眷属ではない。同等の地位に君臨する神となった。封印されていた我の力は血を分けたお前にも同じように宿る』 「そのようだな……。体に次々と漲る力は今までの比じゃない」  形のいい額に落ちた前髪の奥で、妖艶に微笑んだ灰英の口元には黒芭と同じ鋭い牙が見え隠れしていた。  灰英はすっと足を進め、弥白が眠る布団の傍らに膝をつくと、反対側に座る黒芭を挑むような目で見つめた。 「――世を統べる力を持つ者でも、交わりの時は誰しも無防備になる。弥白を護るためだ……結界を強化する」 『いい心がけだ』  異議はない……。そう応えるように黒芭はゆっくりと両手を大きく広げた。灰英もまた、彼と対になるように両手を広げると、腹の底から声を絞り出す様に祝詞を唱え始める。そこに鎮座する静寂を破るかのように響く灰英の声に、黒芭の体からゆらりと黒い霧が放たれ、それはまるで大蛇のように長くうねりながら御簾の間をすり抜けていく。その黒い霧に絡みつくように、灰英の体からも鈍色の霧が長く尾を引くように御簾の間をすり抜けた。二つの霧は御簾に囲まれた聖域を護る大蛇のごとく、ぐるぐると円を描きながら座敷を取り囲んでいく。  ひんやりとした空気がさらに冷え、張り詰めた空気に耳が痛くなる。  二柱の蛇神が張り巡らせた結界がどれほど堅固なものか……。そして、それが何を守るべき物なのかは明白だった。  信頼をおく従者さえも近づくことを許されない神の聖域。  それだけの空間を作り出してもなお、二人の口元には余裕の笑みが浮かんでいた。 広げていた両手を下ろし袂を整えると、二人は無言のまま見つめ合った。 『――八百万の神々よ。我は今宵、この美しい白蛇を伴侶に迎え、永久の契りを交わす』 「我もまた、この美しき白蛇の導きにより、黒芭と共に伴侶に迎え、永久の契りを交わす……」  正面に設けられた祭壇に顔を向け、互いに誓いの言葉を口にする。  まだ意識を失ったままの花嫁からの誓いの言葉はまだない。  古くから人々は自然を崇めてきた。黒芭の根源もまたこの村を囲うようにそびえる高い山々だ。  生まれ育った山に感謝し、敬意を表す。そう――祭壇の向こう側は蛇水神社の裏手にある大きな山。  二柱の神の声に共鳴するように、低い地鳴りが響いた。  それを合図にするかのように、黒芭は弥白の脇に片手をつくと、ゆっくりとした動作で顔を傾けながらわずかに開かれたままのピンク色の唇に自身の唇を重ねた。  何かを呼び覚ますかのように舌を絡め、牙で自らの唇に傷をつけると、溢れ出した血を弥白の口内に流し込むかのように口づけを深くした。  赤く染まった弥白の唇を何度も啄み、朱の糸を引きながら離れる黒芭。その姿を幼い頃の自身と重ね合わせながら、灰英もまた膝を前に進めて片手をついた。  黒芭の血で色づいた弥白の唇を優しく啄んでやると「ん……」と小さく吐息が漏れた。  その色香に自制を失いかけたが、寸でのところで踏みとどまった。 (これは婚姻の儀式の始まりに過ぎない……)  透き通るような青い瞳をすっと細めると、黒芭と同様に牙で自身の唇に傷をつけ、溢れた血を弥白の舌に絡めた。  次々に流し込まれる唾液と共に、二人の血を嚥下する弥白の喉仏が上下に動いた。  それを見届けて、名残惜しそうに唇を離した灰英は、体を起しながら正面に座る黒芭に微笑んだ。 「――俺も、愛してくれるんだろう?」  主であった黒芭に抱いてきた信頼と畏怖。それがいつしか慈しみへと変わっていくのを灰英は感じていた。  この体に快楽を与え、体だけでなく灰英の知らぬ間に心までも開いた黒芭。  その男と共に最愛の伴侶を護り、生きていく……。  恋愛感情――それ以上の想いが今、黒芭に向けられた。 『当たり前だ……。これほど優秀な男をそう簡単に手放すものか。共に弥白の尻に敷かれようぞ……』  強大な力を持つ蛇神である黒芭の言葉に、灰英はくすっと肩をすくめて笑った。  二人にとって弥白は絶対的な存在。彼の機嫌を損ねることがどれほど恐ろしいことか、すでに二人には分かっていた。  彼を満たさなければ夫として共に生きることは許されない。それほどに弥白の力と存在は尊いものなのだ。 「――そうだな」  灰英はそっと手を伸ばして黒芭の頬に添えると、弥白を跨ぐ様に身を乗り出して唇を重ねた。  互いの牙がカチリと音を立てる。その狭間で、厚い舌がねっとりと絡みつき、貪るように何度も角度を変えてキスを繰り返す。  今までに何度も交わされてきたはずのキス――でも、今日は違った。  触れ合わせただけで、頭の芯がジン……と痺れ、腰の奥の方が疼き始める。  失っていた黒芭の力はこれほどのものだったのかと思い知ると同時に、うっとりと目を細める黒芭もまた灰英から与えられる舌の愛撫に酔っているのが分かった。  同じ力を持つ神同士、漏れる吐息は体を火照らせ、欲求を昂ぶらせる。  そんな彼らの熱に気付いたかのように、それまで動くことのなかった弥白の脚がもどかしげに動いた。  乱れた着物の裾から伸びた白く細い脚。白足袋を履いた足首がやけに艶めかしい。  銀色の糸を引きながら唇を離した黒芭が金色に光る瞳で弥白を見つめた。 『神の器が形を成したか……』  人間でありながら、その体に神を宿す弥白。その本質である玄白の力を彼の体に移すためには、伴侶になる二人の血が必要だったのだ。神により神となる器をその体に形成し、本当の神となる。 「ん……。はぁ、はぁ……っ」  それまで穏やかな様相を見せていた弥白の眉間に深く皺が刻まれる。胸を掻き毟るように着物の合わせを乱す弥白に、灰英の手が体を締め付けていた帯を一本、また一本と解いた。  白い敷布の上でゆっくりと解かれていく弥白の姿に、黒芭もまた自身の冠を乱暴に外し、袍の帯に手を掛けた。  重量のある白無垢の合わせを開きながら、灰英も自身の着物の帯を解いた。 「熱い……。体が、熱い……っ」  うわ言のように呟く弥白の肌襦袢が身じろぎと共に乱れていく。滑り落ちた肩から露わになった白い鎖骨が夜目にも眩しいほど輝いた。  徐々に透明度を増し、甘い麝香の香りを放つ弥白に、二人はゴクリと唾を呑みこんだ。 この時の二人がどれほど余裕がなかったか、畳の上に無造作に脱ぎ捨てられた純黒の着物がすべてを物語っていた。 「弥白……」  灰英は苦しそうに何度も寝返りをうつ弥白の背中に手を差し入れて上体を起してやると、長い睫毛が小刻みに震え、勝ち気な栗色の瞳がゆっくりと開かれた。 『人間であった体を神のものへと作り変えるには少々苦痛を伴う』  黒芭はそう言いながら弥白の細い指先を掴むと、愛おしげに唇を寄せた。 「灰英……。黒芭……」  荒い息を繰り返しながら、自身に寄り添う二人の姿に安堵する。 「俺……に、花嫁の資格がある……のか?」 『まだそのようなことを言うておるのか? お前にも聞えていたはずだ。玄白はお前を完全に封じることなくすべてを話したのだから……』 「だからっ。――俺は玄白じゃない。俺は俺……だから」 「弥白、何を言っている?」 「灰英っ。俺は……貴方たちが愛したい神じゃない……。玄白が眠ってる器に過ぎないんだよっ」  弥白の悲痛な声は、座敷の周囲にに張り巡らされた堅固な結界をも揺るがした。  冷え切った空気が震える声に鳴動し、御簾の向こう側で絡まり合った霧がその動きを止めた。 「――神にはなれない」  何度も首を振りながら自身を否定し続ける弥白の細い肩を抱き寄せた灰英は、小ぶりな耳朶に唇を寄せて囁いた。  その声はどこまでも優しく温かいものだった。 「お前以外に誰が神になるというんだ? お前は弥白だ……」 「灰英……」 「玄白様の想いは長い年月を経て黒芭に真実を告げた。もう、お前が苦しむことは何もない……。我らに心を開け。疑うことはよせ。俺たちの想いはお前だけに注がれる。――もしも俺の言うことが信じられないというのなら、その瞳で見極めればいい。お前にはその力があるのだから……」  灰英に耳朶を甘噛みされ、その微かな痛みに「んっ」と息を詰めた弥白だったが、指先を黒芭にやんわりと食まれ、思わず甘い声が漏れた。 「あぁ……っ」 『――人間であった時間が少し長すぎたようだな。疑心暗鬼に囚われ、我らに心を開けずにいる。弥白を苦しめる痛みはそれから来ているやもしれないな……。灰英、早く楽にさせてやった方がいい』 「同感だ……。体を開けば、おのずと心も開く……。俺たちの腕の中で目覚めさせてやる」  灰英は勢いよく弥白を布団に組み伏せると、唯一身に付けている肌襦袢の帯を解き、その合わせを大きく左右に開いた。 「いやぁぁぁ!」  冷たい空気に晒された白い身体が大きく身じろぎ、つるりとした下半身の中心には抗う声とは裏腹に力を持ち始めて頭を擡げているペニスが揺れた。  二人の野性的な視線に晒された弥白の体はほんのりと色づき、先ほどよりも甘さも濃度も増した香りがぶわりと漂った。 「やだ……。俺は神になんて……ならな、い」 『弥白……「なれない」「なりたくない」という次元の話ではない。お前は生まれながらにして神だったのだ。本来の自分に戻ることをなぜ恐れる? 我ら二人では伴侶として役不足か?』  黒芭の大きな手が弥白の脚の付け根をやんわりと撫でた。  滑らかな肌の質感を楽しむかのように、膝から腿、そしてきわどいところを掠めていく。  その手の動きは強引でありながら、なぜか嫌悪感はなかった。  弥白の両手の動きを封じたまま、項から首筋、鎖骨のくぼみへと舌先を這わす灰英の動きも、正幸のものとはまったく違っていた。  ただ力で捻じ伏せ、乱暴に愛撫を繰り返し、肌を傷つけながら下卑た笑いを浮かべていた正幸たち。  夢の中でも繰り返されていたレイプまがいの行為は、前世であった玄白の記憶。  そして現実でも同じことが繰り返され、弥白の体も心も悲鳴を上げた。  複数の男たちに弄られる……。これ以上の屈辱はないと思っていたはずなのに、今はそんな感情など微塵も感じられなくなっていた。  むしろ、もう一つの夢と同じ。弥白の体は彼らの愛撫を自然に受け入れていた。 「あ……、んっっ」  抗いを見せていた白い身体から無駄な力が抜け、細い腰が黒芭の愛撫で小さく跳ねた。 『弥白……。あの夜のように妖艶に乱れるがいい』 「黒……芭?」 『あれは夢だった……などと、もう言わせない。一時的に夢だと思わせた我の暗示はとうに解けている。お前の処女は我が頂戴した。その体には我と灰英の子種が宿っておる。悍ましい人間の穢れた精子を糧にしてな……』 「え……。あっ……か、いえぃ!」  ほんのりと色づいた胸の突起を指で摘まみあげた灰英に、甘ったるい声が鼻から抜けた。  胸元に顔を埋めていた灰英が上目づかいで弥白を見つめた。 「神の子種は人間を滅ぼす劇薬。それを宿すことが出来るのは神だけだ……」  そう言いながらきゅっと力を込めて突起を強く捩じると、弥白の体がビクンと跳ねた。  痛い……でも、その痛みは徐々に甘い疼きへと変わり、そのあとで与えられる灰英の舌先での愛撫に弥白のペニスがピクンと震えた。 『その証拠に……お前は我らの精を受け入れても生きている。それでもまだ抗うというのなら……』  黒芭は弥白の片方の膝を持ち上げ大きく広げると、愛らしいペニスが揺れるそのすぐ傍らに顔を埋め、脚の付け根に鋭い牙を穿った。 「んあぁぁぁぁ!」  チクリと針に刺されたような痛みは、脳に伝達される前に快楽物質へと姿を変えた。  背筋を這い上がるむず痒さに、弥白は灰英にしがみついた。 「あ、あぁ……っ」  栗色の髪を乱して可愛らしい声をあげる弥白を抱きしめた灰英もまた、薄らと汗ばんだ白い首筋に自身の牙を穿った。 「いやぁぁぁ……っ。はぁ。はぁ……体が、変……っ」  その衝撃でペニスの先から透明な蜜がトプリと溢れ出した。 「黒芭……。せっかくの初夜に媚薬を使うとは……。未来永劫、根に持たれるぞ?」 『お前に言われたくない。灰英、お前も同罪だ』 「少し会わない間に、こんなに頑固になっていたとはね……。俺は素直で無邪気な弥白が大好きなんだよ。欲しいものは欲しいって素直にオネダリ出来る可愛い弥白がね……」  首筋から注入された媚薬は湯殿で使ったものと同じ成分だ。蛇神は独占欲が強く、狙った獲物はどんな手段を使っても自分のものにする。  だから灰英も然り……だった。あの時は黒芭の物にしたくないという独占欲から、弥白に媚薬を注ぎ体を繋げた。  でも今は、その独占欲はより強いものへと変わっていた。ただ、一つだけ違うのは黒芭から守るのではなく、この愛らしい伴侶を口説こうと目論む八百万の神々から守るという使命感に突き動かされていた。  それは黒芭も同様で、早く心を開かせ、神として伴侶として認めてもらいたいという願いがあったから。 『弥白……。早く目覚めておくれ。その美しい紅の瞳に我らを映して』  張り詰めた茎を次々と濡らしていく透明な蜜が後孔へと流れていく。  それを堰き止めるように、黒芭の舌が弥白のペニスに這った。  蜜を掬うように先端に向かって動く彼の舌先に、弥白は糊のきいた敷布に爪先を食いこませた。 「や……はぁ……あぁぁ……っ。き……も、ち……いいっ」  赤い舌をのぞかせて小さく喘ぐ弥白の唇を塞いだ灰英は、ぷっくりと膨らんだ胸の突起を指先で転がす様に弄った。その刺激に、顎を仰け反らせて声を上げたが、その声は灰英の口内に吸い込まれていった。  背中に回されていた手が力なく布団に落ちる。しかし、その爪を敷布に食い込ませて必死に声を抑えている弥白のいじらしさに、灰英は銀糸を纏わせたままの唇で突起を咥えると、やんわりと歯を立てた。 「ダメ、ダメ……ッ。そこ……だめぇ~っ! ん――っ!」  ビクンッと大きく体を震わせた弥白は一度目の絶頂を迎えていた。  大量の白濁を吐き出したペニスは、黒芭の口内に収められたままだった。金色の双眸を細め、嬉しそうに先端から溢れ出る精液を啜りあげた黒芭は、残滓までも吸い上げるとぬらりと光る茎から唇を離し、喉仏をゆっくり上下させながらそれを嚥下した。  薄い唇の端から溢れたものを指先で掬い、弥白に見せつけるように口に含むと妖しく微笑んだ。 『何よりも甘く、いい香りだ……』  艶のある黒髪が逞しい肩から滑り落ちる。黒芭は着物の片袖を抜くと、右肩に自身と同じ金色の目をぎらつかせる黒蛇を弥白に晒した。  羞恥に腕で顔を覆っていた弥白だったが、黒芭の気配を感じてその腕をそっと退けた。  匂い立つ白い肌に彫られた漆黒の蛇。それは灰英が持つ灰色の蛇と同じものだった。 「黒芭……」  その美しさに自然と声が漏れる。それと同時に、心の中にわだかまっていた何かが少しずつ霧散していくような気がしていた。  自身を雁字搦めに縛り付けていた鎖の錠が外れ、太く重い鎖がガチャリと音を立てて足元に落ちた。 『灰英。弥白の蕾を丁寧に解してやれ……。正幸たちの乱暴のあとだ。傷を残さぬようにな……』 「そんなこと、言われなくても分かっている」  呆然と見惚れる弥白の傍らで、灰英も着物の片袖を抜いた。肩から背中へうねるように描かれた灰色の蛇の碧眼が弥白を見下ろしている。  その蛇の頭に手を伸ばした時、半身を起した灰英にうつ伏せに返され、細い腰を高く引き寄せられた。 「あ……っ」  肉付きの薄い双丘を灰英の大きな手が割り開く。ひやりとした空気に晒された蕾が緊張と羞恥にキュッと収縮した。 「いや……。灰英……っ」  布団に額を擦りつけながら「イヤイヤ……」と首を横に振る弥白ではあったが、大好きな灰英にその場所を見つめられていると思うだけで、再び下肢に力が漲ってくるのを感じた。  膝をついたまま尻を高く上げ、昨夜正幸たちに穢された蕾を晒す。 「綺麗な蕾だな……。いつ綻んで花を咲かせてもおかしくない」  金色が混じった青い瞳を大きく見開いて感嘆の声を上げた灰英は、壊れ物にでも触れるかのように長い指先で淡く色づいた蕾をなぞった。 「んあぁ……っ」  弥白の内腿が小刻みに痙攣し、肩甲骨を窪ませながらしなやかに背中がしなった。  目を閉じて夢の中で自分を抱いてくれた男のことを思い出す。それは野獣のような逞しさと愛情を併せ持った運命の伴侶。  闇の中で苦しみもがいていた弥白を救った大きな手の持ち主の輪郭が徐々に明らかになっていく。  筋肉質の逞しい背中を這う黒蛇。それを隠すかのように滑り落ちる腰まである長い髪。その双眸は金色に輝き、闇に彷徨い続けていた弥白に光を与えた。そして、もう一人――。  艶やかな灰色の髪を無造作にかき上げる長く節のある指先。金色混じりの美しい青色の双眸は慈しみに溢れ、温かく弥白を包み込んでいた。 『死ぬことは許さない……』  二人の低い声がハッキリと弥白の脳裏に響き渡った。  男を知らないはずのこの体に鮮烈なイメージと快楽を刻み込んだ夢。  死にたいと絶望する心に手を差し伸べてくれたのは――。  弥白は薄い粘膜の襞を広げながら入り込んでくる灰英の指を感じながら顎を上向けた。  傷つけないようにと慎重になっている様子が窺えるのは、先日の余裕のない彼とは違っていたから。 「んっ。ん……はぁ、は……っ。ぅう……んっ!」  痛めつけられているはずの後孔は痛みを全く感じなかった。むしろ、灰英の指が自身の体にあるというだけで喜びさえ感じる。 「痛むか?」  低い声でそう問う灰英に、弥白は小さく頭を振った。 「まだ腫れてはいるが、傷は残っていない……」  クチュリと小さな水音が響いて、弥白は反射的に身を強張らせた。  心は二人を求めている。それなのに、淫らに強請る体を晒すことに抵抗があった。   二人とは体を繋げている。それでも素直になれない自分がいた。  注ぎ込まれた媚薬のせいで体は火照り、腰の奥が甘く疼き続けているというのに……。 「――濡れ始めてはいるな。弥白、辛くないか?」  何かにつけて心配してくれる灰英の心遣いが嬉しかった。  目尻に浮かんだ涙を気付かれないように敷布で拭いながら、弥白は黙ったまま頷いた。  クチュクチュと音を立てながら長い指が出入りを繰り返す。その度に、腰が揺れてしまうのを抑えきれなくなっていた。 (もっと……。もっと激しく掻き回してほしい……)  口には出さないが、知らずの内に二人に快楽を植え付けられた体は貪欲に灰英の指を食んだ。  すると、灰英の指が根元まで埋められたまま、その動きを止めた。 「――か、い……えい?」  彼は難しい顔で、その様子を見ていた黒芭を見つめた。まるで答えかねている正解の正誤を問うかのように……。  困惑したままの灰英に黒芭は口元を綻ばせると、すっと音を立てることなく立ち上がった。 『望みのままに……だ』  意味深に笑みを浮かべながら弥白の枕元に膝をついて座った彼は、布団に埋めたままだった彼の顎をクイッと指先で持ち上げて顔を上げさせると、低く甘い声で囁いた。 『この座敷から可愛い声が漏れ聞こえるとも分からない。従者たちに最愛の妻の声を聞かせるほど我は寛大ではない……』 「え……? 黒芭……?」  片手で乱暴に自身の着物の裾を捲りあげると、弥白の目の前に息を呑むほど長大なペニスが現れた。  黒々とした下生えの中央にそそり立つ赤黒く充血した太いペニスには無数の刺の様な突起が生えていた。 「ひぃ……っ」  喉の奥で叫んだ弥白だったが、夢だと思っていたあの夜、このグロテスクなペニスを嬉々として受け入れていたことを思い出し、体の奥がジン……と疼いた。  その長さは人間の比ではない。それを根元まで受け入れ、快楽に咽び泣きながら何度も絶頂を迎えた。 「黒芭の……楔」  無意識に呟いたその唇は確実に開いていった。先端の鈴口から蜜を溢れさせ、テラテラと鈍い光を放つ硬い茎に目が釘付けになる。  雄特有の匂いに、目の前がぐにゃりと歪み、弥白は自ら舌先を伸ばしていた。 「くださ……い」  掠れた声は、緊張で喉が張り付いていたから。それでも、渇いた唇に何度も舌を滑らせて、上目づかいで黒芭を見つめた。  俯き加減のまま優しい笑みを浮かべる彼の美しさに心臓が高鳴った。 (彼こそが……玄白が愛した男)  その彼が玄白ではなく、弥白を見つめている。 『咥えてくれるか? 弥白……』  舌先を伸ばしながら「はい……」と答えた弥白の愛らしい唇を割り開くように、太いペニスが突き込まれる。 「うぐっ!――っぐぁぁ……うぅ!」  大きく張り出したカリが弥白の喉をついた。それでも彼のペニスにしてみればまだ三分の一ほどしか収まっていない。  それでも弥白は、何度もえずきながら最愛の男の楔に舌を這わせた。  唇の端から絶え間なく流れ落ちる唾液を気にするでもなく、一心不乱に口淫を続けた。刺状の突起が口内を犯す。その刺激はまるで体の中を抉られているように心地よく、弥白のペニスを完全に勃ち上がらせた。 「――確かに。弥白の可愛い声は聞かせられないな」  後方では、潤み始めた蕾に指を沈めたままの灰英が微かに笑った。その瞬間、根元まで入っていた指が一気に引き抜かれ、弥白は心の準備も出来ないまま腰を痙攣させた。 「ぐ……っ。あぁ……っ」  異物感は感じていたが、いざそれがなくなってしまうと強烈な虚無感に苛まれる。物足りなさに腰を振ってしまうのは、灰英の指を求めてヒクついている蕾のせいだ。 「いい具合に赤く色づいてきた……。一本じゃ物足りないか? 可愛い口がヒクヒクと動いているぞ」 「や……か、えぃ……っ」  口内を無数の突起に犯され、喉の奥を突かれるたびに頭の中の霞がより濃くなっていく。  これは媚薬のせいじゃない――。 それに気づいた弥白は淫らな自身の体を疎ましく思った。こんなことでしか二人の想いに応えられない自分が悔しい。でも、彼らから与えられる快楽を何より望んでいる自分がいる。それは、彼の中にいる玄白も同じだ。 『弥白……上手いじゃないか。どこでそんなイヤらしいことを習ってきたんだ?』 「し……ら、な……ぃ」  口いっぱいに頬張った黒芭のペニスがまた質量を増していく。トクトクと脈打つ茎に舌を這わせながら、優しく頭を撫でてくれる彼に愛おしさを感じた。 「――黒芭が仕込んだんじゃないのか?」  双丘を鷲掴み、その感触を楽しむように笑った灰英。再び、彼の指が潤んだ蕾に触れた時、弥白は弓のように細い背中をしならせて高い声を上げた。 「ひゃぁぁぁぁぁ――っ」  前触れなく薄い襞を大きく広げたのは、灰英の二本の指だった。それを一気に根元まで突き込み、弥白の中を確かめるように動き始めたのだ。 「やらぁ……! か……ぃ、え……っ」  グチュグチュと卑猥な水音を響かせて中をかき混ぜるように動く二本の指。節のある彼の長い指が弥白のいい場所を探り当てた時、下肢から強烈な快感が脳髄を直撃し布団に崩れ落ちた。  灰英の指を食んだまま、全身を痙攣させて荒い息を繰り返す弥白は射精していなかった。  腹につくほど勃起したペニスからは白濁混じりの蜜がトプリと溢れ、長く糸を引いた。  声も出せぬまま絶頂を迎えた弥白は、整わぬ息を肩を上下させて何とか静めようとしたが、真っ白になった思考はなかなか戻らない。 『イヤらしい花嫁だな……。指だけでイッてしまうとは』 「体は確実に開き始めている……。彼の中のわだかまりを払拭することが出来れば、弥白は目覚める」 『まだ何があるというのだ……』 「弥白のことだ。まだ俺たちのことを信じ切れていないのだろう」  きつく食い締めたままの指をゆっくりと動かしはじめると、弥白のか細い喘ぎ声が漏れ始めた。  黒芭はその場に座り込むと、再び弥白の顔を持ち上げて自身のペニスを口元にあてがった。  溢れる蜜と唾液で濡れたペニスを愛おしそうに見つめた弥白は、そっと手を添えてカリの部分を丁寧に舐めはじめた。  その艶めかしい顔つきは、いつかの玄白と酷似していた。  目の前にいるのは弥白だと認識していながら、未だに玄白の幻を追う自分に腹が立った。 玄白は理想の男だった。しかし、もう彼との決別は済んでいる。 彼は弥白の中にいる。彼を愛すことは玄白を愛することに繋がるのだ。 『弥白……』  後孔を攻められ、愛らしい喘ぎ声を上げながら恍惚の表情で黒芭のペニスを食む弥白は、どの神々よりも淫らで美しかった。  黒芭は彼の栗色の柔らかな髪に指を埋めるとすっと腰を引き、口元からペニスを遠ざけた。  不思議そうな目で見つめる弥白の顎を上向かせ、唇を触れ合わせながら囁く。 『何も恐れることはない……。お前はそのままのお前でいればいい。我らを信じよ……』 「え……」  濡れた唇を啄むようにしながら、疲弊した彼の舌を絡め取るように舌を差し入れた黒芭は、角度を変えながら繋がりを深くした。  無数の突起で刺激された口内を、厚い舌が癒すかのように動き回る。  その心地よさに弥白がうっとりと目を細めた時、頭の奥の方で低い声が響いた。  今まで幾度となく弥白を助けた声――。 『我らのために生きよ……。その命を愛に変えて、我らを愛せ……』  瞬間、タキの言葉が再び脳裏をかすめた。誰のために生きるのか――それを見い出せずに、ただ闇雲に生きてきた二十四年間。  自分が生きることで救われる者がいる。それは村の民だけじゃない。この二人を生かすのは、もしかして自分なのではないか……。  絡み合っていた弥白の舌が止まり、勝ち気な栗色の瞳が大きく見開かれる。  すぐそばにある黒芭の長い睫毛に光るのは小さな涙の滴……。  彼は自分を責め続けて生きてきた。自分の命を絶とうとまでして……。  あの夜、彼は弥白を抱きながら泣いた。そこにいるはずのない玄白の幻を見てしまう自分の弱さに……。  そして、灰英もまた同じだった。弥白を想いながらも傍にいることの出来ないもどかしさを抱え、口に出すことを憚れる想いを抱えて苦しみ続けてきた。  両親を失い、蛇神守としてこの村を、この神社を護らなければならないという重圧は相当なものだっただろう。  でも、弥白の前では弱音を吐くことなく強気でいた灰英。  人間でなくても――それが神であっても、誰しもが持つ『弱さ』。  自分だけが弱いんじゃない。彼らだって――同じだ。  今までしてきたことは間違いじゃない。この世に生まれたことも呪うべき運命じゃない。  タキの手の中で産声を上げたその瞬間から、自分の生きる術は決まっていた。  誰にも代わりは務まらない。無駄だと思っていた自分の命が、自分を愛する二人を救う手立てになるというのなら……。 「――生き、ま……す」  弥白はそう呟いていた。その細い声は黒芭の耳にも届いていた。もちろん、灰英にも……。 「戸倉……弥白を、あ……愛してくれますか?」  荒い息を繰り返すその合間に紡がれた意志のある言葉に、黒芭は目尻から流れた涙を指先で拭いながら、再び唇を重ねた。 『この世が滅びるまで共に……』  キスを交わしながら、弥白は自身の手を後ろに回し、自ら尻たぶを掴んで割り開いた。  その様子を見た灰英は嬉しそうに微笑むと、指を突き入れている蕾に唇を寄せ、舌先で円を描くように愛撫した。 「んは……っ! あぁ……あぁ……んっ。灰英……もっと」  黒芭の唇に甘い吐息を漏らしながら弥白の声が座敷に響いた。その声に周囲に張られていた結界が大きく波打った。  どこからともなく吹き込んできた風に巻き上げられた霧が、御簾の隙間から流れ込んでくる。  その冷気に煽られるように、弥白は声を上げた。 「ん――ああぁぁぁっ!」  蕾を広げるように指の間に舌先を突き入れていた灰英は、すぐさま弥白の異変に気が付いた。   ばっと身を起し後孔から指を引き抜くと、すぐさま膝を立てた。 「黒芭っ」  弥白の濡れた唇から顔を上げた黒芭もまた、長い黒髪に風を纏わせながら灰英を見た。 『――案ずるな』  焦る灰英とは裏腹に、落ち着き払った彼の様子は、まるですべてを悟っているかのように優雅で穏やかだった。  布団の上で腰を高く上げたまま敷布に爪を立てている弥白の肌がぼんやりと輝き始める。肩甲骨と、薄らと背骨のラインが見える滑らかな背中に彼らと同じ蛇の刺青が浮かび上がった。  月白の肌、真紅の瞳。それは伝説の白蛇……。 「弥白……」  今まで弥白の中の玄白が表に出る時だけ現れていた刺青。しかし、玄白はもう眠りについたはずだった。 『目覚めたか……』  敷布に広がっていた栗色の髪が毛先から銀色へと変わっていく。  そして、何かに操られるようにゆらりと体を起した弥白からは、むせ返るほどの麝香の香りが広がった。  目を伏せたまま、気怠げに乱れた髪をかきあげると、ゆっくりと視線を二人に向けた。 「――満たしてください。俺の体を……」  勝ち気な栗色の瞳は真実を見極める真紅へと変わっていた。その美しさに二人は息を呑んだ。  細い指先を伸ばして、灰英の頬にそっと触れる。誘うような眼差しと、わずかに覗いた舌先が今までの弥白からは想像できないほど艶めかしい。 「灰英……」  もう片方の手を伸ばして黒芭の頬に添えると、薄い唇を綻ばせた。 「黒芭……」 座敷の周囲で波打っていた霧に絡み合うように白く長い帯状の霧が広がっていく。  それはまさしく、弥白が神として目覚め、その力を二人の結界に絡めたものだった。  弥白の力が動いた時、祭壇の向こうにある山が鳴動した。新たな神を迎えるための神聖な儀式。  それは、二人の伴侶との契りを交わすことで正式に神の世界に迎えられる。 『弥白……。心を開いたか』  嬉しさと驚きに茫然と呟いた黒芭の唇を弥白がそっと塞いだ。 「貴方たちの想いに偽りはない……」  紅の瞳の前では嘘はつけない。弥白の心を開いたのは、二人の真実の愛――。  黒芭は乱れた着物の帯に手を掛けると、それを解いた。逞しい体が弥白の目に晒される。それを見た弥白は灰英の方に視線を向け、身に付けている着物を脱げと言わんばかりに微笑んだ。  灰英は慌てて帯を解き、筋肉を纏った細身の体を彼の前に晒した。 「――満たせ。俺の体を……愛で満たせ」  弥白の凛とした声に、二人の伴侶はその手をとって口づけた。 「「御意に……」」  二人の低い声が座敷に響く。白い敷布に横たわった弥白は満足げに微笑むと、しなやかな月白の肢体を優雅にくねらせた。

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