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#1-4

空調完備の新校舎から、短い渡り廊下を通った先に、旧校舎がある。 美術室や音楽室や化学室なんかは、未だ建て替えられないままそこにあって、去年同じクラスだった化学部のオタクが「軽んじられている!」と嘆いていたのを無駄に思い出す。 達規とだらだら喋っているうちにやがて佐々井も戻ってきて、昼休みはあっという間に終わった。 午後の授業は美術からで、移動のダルさにぶつくさ言いながら階段を昇る。 美術室は教室とは座席の配置が違っていて、どこの席についてもいいことになっていた。 一緒に美術室へ入った流れで、そのまま三人でつるんで座る。 一番窓際の列、真ん中あたりに俺。ひとつ前に達規、隣に佐々井。 周りの席も次々埋まっていき、達規の隣には俺が話したことのない女子が座った。 見た目とノリがチャラい達規は、チャラい女子グループとも仲が良い。 そのうちの一人と騒がしく言葉を交わしているのを尻目に、俺は隣に声をかける。 「どうした。静かじゃん、佐々井」 「眠い……」 「子供かよ」 腹いっぱいになって眠いって。さっきまであんなにうるさかったくせに。 思わず笑ったところで本鈴が鳴り、教壇の奥の準備室から教師が入ってきた。 今日は天気が良い。窓の外に目をやると、見事に雲ひとつなかった。 窓際に座ってしまったばっかりに、午後の陽射しがほぼ真上から照りつけて眩しい。 アフロみたいな天パの美術教師が、黒板にチョークで絵を描きながら、人物デッサンのポイントを説明し始める。 今からそれを実践させられるのはわかっているのに、俺の頭にはどうにも内容が入ってこない。 原因はわかりきっていて、ひとつには、俺が美術がさっぱりダメなこと。 それからもうひとつ、ここに充満しているにおいに、記憶のトリガーを引かれてしまったことだ。 美術室は独特のにおいがする。 画材のにおいなのか、どこか土っぽいような水っぽいような感じで黴臭さにも似ている、それが旧校舎の古い壁や天井から醸し出される空気と混ざって、長い時間をかけて部屋ごと静かに湿気たような、ここだけ世界が切り離されたみたいな、そんなにおいがする。 嗅覚は記憶との結びつきが強い、と、何かで聞いた覚えがあった。 特徴的なにおいと強烈な思い出はあまりにも簡単に連鎖する。 今、俺は肺を美術室の空気で満たされながら、数十センチ先にある達規の茶色い髪を、その細い毛先が窓からの光を金色に透かしているのを見ている。 半年ほど前、俺はここで、達規が男とセックスしているのを見た。

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