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#1-5
それはもちろん偶然だった。偶然以外の何物でもない。
当時俺は達規とは別のクラスで、言葉を交わしたこともなかったし、旧校舎、しかも美術室なんて、週一回の美術の授業でしか入ったことはなかった。
その日は学園祭の二日前で、放課後、俺はクラスの出展の準備を手伝っていた。
いつもなら部活で汗を流している時間だったが、その二日間だけは学園祭の準備期間として運動部の活動が停止されていた。
「この看板の絵って誰が描いたんだ?」
「知らねー」
俺のクラスは焼きそばを売ることになっている。試作はすでに済んでいて、あとは屋台風のブースや小道具を完成させるだけ。
「美術部の奴とかじゃん?」
「美術部なんていたっけ」
「じゃあ漫研とか」
「誰でもいいけど細かすぎんだよふざけんな」
俺は何人かと一緒になって、看板に絵の具で色を塗っていた。
文化部の連中は学祭で各々ステージ発表や展示があるから、クラス毎の出展の準備は運動部の生徒が主体となって行うのが恒例だそうだ。
手と同時に口も動かしながら、だらだらと作業をしている俺たちのところへ、担任が様子を見に来る。
「これ今日中に終わんのか? 明日設営だぞ」
「無理! 山本せんせ、手伝ってよ」
「バーカ。生徒だけでやるんだよ、こういうのは」
オッサンだが気のいい担任は、看板の出来にああだこうだとコメントしながら周りを一周して、最後に「この辺はもっと太い筆で一気に塗ったら早いんじゃないか?」と言った。
「太い筆なんかねーよ」
「美術室から借りてくればいいだろ」
「逆にめんどくね?」
そこまで労力を割きたくはない……という空気が誰からともなく流れたが、俺はあえてそれを破り「行ってくる」と腰を上げた。
座りっぱなしの作業にうんざりしていて、気分転換に歩きたかった。
その一心だったのだが、思い返せば、それが過ちだったと言わざるを得ない。
「寄り道すんなよ」という軽口を受け流しつつ、固まっていた肩や腰をごきごき鳴らしながら、大股で教室を出た。
校内はどこも学祭準備の忙しない空気で溢れていて、それは渡り廊下の先の旧校舎も同じだった。多くの文化部の活動拠点でもあるのだから当然だ。
合唱部の歌声なんかも聞こえてきて、放課後の旧校舎に足を踏み入れること自体が初めてだった俺には、なんとなく新鮮な感覚だった。
二階の突き当たりの美術室を目指して階段を昇っているときに、もしかして美術部が活動している最中なのではないか、と思い当たる。
気づくのが遅かったと後悔したほど、それは自明のことに思えた。
美術教師に頼んで筆を借りるだけなら良いが、見知らぬ美術部の生徒を相手にそれをしなければならないとしたら、そこそこ面倒なミッションだ。立候補した数分前の自分の頬を抓りたいくらいには。
途端に気と足が重くなるが、ここまで来て引き返すわけにもいかず、薄暗い階段を昇りきる。
結果として、懸念したような事態にはならなかった。代わりに、その数百倍も面倒なものを目にしてしまうこととなったわけだ。
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