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#2-7

予想はついていたのだろう、解答のないことに落胆するでもなく、達規はひとつだけ息を小さく吐いた。 「俺は今まで見誤ってた。予習の添削なんかしてる場合じゃない。お前は中学レベルの文法の基礎が全くわかってないから、いくら真面目にやったって、高校の内容なんか理解できるわけない」 それ見てやっと察した……と達規が指差す問題集に、俺ははたりと視線を落とす。 今回の宿題は、最近の授業内容に準じたものというよりは、これまでに習った文法の内容の総括だった。 つまり、今まで授業準拠の宿題や予習を見ていただけでは気づかなかった事実が、今回やっと明るみに出たらしい。 その事実とは、俺の英語の実力は達規の想定を遥かに下回っていたという、我ながらあまりにも哀しい現実だった。 「ハイ先生。サッカーは名詞だと思います」 「ハイ佐々井くん、よくできました」 「アイマイミーマインの違いも言えます」 「エライですねー。素晴らしいです」 「……佐々井うるせえ……」 これ見よがしに挙手をする佐々井に、しかし今は吐く悪態も見当たらない。 定期テストの結果だけ見ても、英語は佐々井に負けていることは勿論わかっていた。だが、よもやここまでの差があったとは。 調子に乗った佐々井が「ドンマイ水島!」と笑顔で親指を立てた。 「水島ぁ、落ち込んでる暇ねーしっ」 いきなり盛大なアクションでカレーパンの袋を開けながら、達規が声を張る。 「いいかっ、お前を何とかする! この達規さんが、天才の名にかけて!」 高らかにそう宣言すると、クラスメイトの何人かが何事かと振り向いたが、達規は構わず拳を握りしめるだけだった。俺の方も戸惑って返事に詰まる。 「何とか、って……」 「とりあえず、最初の目標は佐々井の点数抜くことな。最終的には模試で、んー、六割は取ってもらう! よっしゃ燃えてきた!」 六割って、俺こないだの模試二十点くらいだったぞ。 しかし、髪よりずっと濃い色をした瞳を言葉通りにきらきら燃やす達規の姿に、何となく感じるものがあった。 二ヶ月弱の短い付き合いではあるが、達規はどうやら、言い出したことは譲らないタイプらしい。 こいつがここまで言うからには意地でも成し遂げるつもりだろう……という予感は、どこか他人事のようだった。 最初の目標地点として設定された佐々井が、俺と同じく他人事の気軽さで「達規ってそんな熱血キャラだっけ」と、でかい塩むすびを頬張りながら呟いた。

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