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#4-12

「家帰りたくねーなあ」 達規が紙屑をゴミ箱に放るみたいに呟いた。 釣られたように目をやると、まだ半分くらい残ったかき氷をストローで無造作にかき混ぜながら、達規はぼんやりとどこか前の方を見つめていた。 肩の落ちた白いTシャツが何だか景色から浮き上がって見える。黒いコンバースの踵が、所在なさげにじゃり、と地面を擦った。 「……花火終わったらどっか行くか?」 何となく放っておけないような気になって、考えるより先に口が動いた。 ゲーセンならまだしばらく開いているし、マックとかファミレスとか、どこでもいい。居座れる場所はいくらでもある。 深夜までは無理だが、もうあと一時間か二時間、それくらいなら付き合ってもいいな、と思った。 達規はきょとんとした顔で俺を見ている。その唇が薄く開いて、何かを言おうとした瞬間。 重い破裂音がひとつ、空気を揺らした。 長く尾を引く、笛のような高い音が続く。 二人同時に音のした方へぱっと顔を向けると、立ち並ぶ木や建物でぎざぎざに切り取られた夜空の真ん中に、真っ白い大輪の花がちょうど開いたところだった。 「うわ」と、隣で達規が小さく声をあげる。最初の発射音とは比較にならない、地面ごと打ち付けて震わせるような音が、僅かな時間差で響き渡った。 「すげ、近」 間を置かず発射音と、花火玉が高く打ち上がっていく音が重なって、色のついた花が三つ、いや五つ、立て続けに広がる。 腹のあたりに響く音。空気砲で胸を直接撃たれているみたいな。音と衝撃。 上空で火薬が弾ける、ぱらぱらぱら、という音でさえ、頭上にそのまま降ってくるようだった。 「でかい」 「近えな」 「こんな近くで見たことない」 「な」 低い位置で上がっているであろう仕掛け花火なんかは、建物の影になって見えないものもあったが、高く打ち上げられるものは、円の端まで綺麗に見えた。そのたび周囲からも歓声と拍手が起きる。漂ってくる火薬の匂い。 いくつも色がぶちまけられてはぱらぱらと消えていった。次の花火が上がるまでに数秒の間があくと、余韻と期待みたいなもので空気がやけにしんとする。今ので終わり? と思うのと、続きが上がるのがいつも同時だった。 でも、最後の花火は、ああこれで最後だなとちゃんとわかった。 色とりどりの小さいのがいくつも重なり合ったあとで、今日一番大きいやつが、三つ。昼間みたいに明るくなった。 名残惜しむ暇もなくすぐに散って、空はそれきり夜の色に戻った。

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