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#4-13
十五分ほどだっただろうか。
時間の感覚がよくわからないが、時計は九時を回るところだった。祭りも終いだろう。同じ空間で花火を見ていた人々も、興奮を残したまま、徐々にその場を去り始めた。
達規がベンチの背に凭れて上体を伸ばす。俺も固まった首を回すと、ごきっと派手に鳴った。
「いやー、見たなあ」
「見たな」
「すげー近かったあ」
「な」
「来年もここで見よ」
「だな」
「俺めっちゃ花火好きだわー」
「俺も」
火薬と煙の匂いが仄かに残るここで、このまま動かずにいるのもいいような気がした。
達規も同じ気持ちだったのかもしれない。或いは立ち上がるのが面倒だっただけかもしれないが、俺たちは少しの間、帰路につく人々の声を遠くに聞きながら、そこに座っていた。
ぽつぽつと続く会話が途切れた隙間に割り込むようにして、電子音が響いた。
出処は俺ではない。
達規が右のポケットから、仕舞いっぱなしだったスマホを取り出す。画面の青っぽい光がその手の中で広がった。
指が動くたび、光の色が変わるのだけが視界の端に入る。
何かの画面でしばらくそれが止まった。思案を巡らせているような間が数秒。
やがて溜め息に似た短い嘆息が聞こえた。
「ごめん。用事できた。やっぱ帰るわ」
平淡な声でそう言うと同時に、達規の手元から人工の光源が消える。画面を閉じたスマホをポケットに戻すと、達規は立ち上がってもう一度伸びをした。
空になったかき氷の容器を片手に持ったまま、俺も腰を上げる。
達規が帰ると言うならそれでいい。ただ何となく聞きたくなって、「なんで家帰りたくねえの?」一歩先を行く後頭部に投げかけてみた。
達規は振り向いて肩越しに笑う。
「なんでもないよ」
達規の家はここから歩いて十五分くらいだと言うから、チャリで乗せてやろうか、と言ったら、可笑しそうに喉を鳴らした。「イケメンかよ。女子じゃねーんだからさあ」
駐輪場まで一緒に行って、俺がチャリを出してくるのを達規は待っていた。
「や、めっちゃ楽しかったわー。ありがとー水島」
へらりと笑って言う達規に、俺も楽しかったとか何とか言えたらよかったのかもしれないが、なんか、気恥ずかしくて。
何も言えないでいる間に達規は「じゃあねー」と手を振って行ってしまった。
俺はその場に立ち尽くしたまま少しだけ見送って、それからすぐにチャリに跨って、達規が行ったのと反対方向へと漕ぎ出した。
帰りたくない、とか言っていたのが嘘のように、あっさりした別れだった。
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