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#5 roll
カレンダーはまだギリギリ八月で捲られることはなく、太陽は毎日うんざりするほど近く、陽射しが和らぐ気配はない。
しかし夏休みは終わる。
矢のような一ヶ月半。
エアコンのない寝苦しい部屋で毎朝寝汗まみれで目覚め、日中はボールを追いかけて走り、氷菓子を大量消費し、犬と走りまくっていたら終わった。
今日がその最終日だ。
「水島くん……宿題全部終わりましたか……?」
佐々井が走りながら声をかけてくる。まだウォームアップ中にもかかわらず、俺も佐々井も、すでに額に汗が浮いていた。
「まだだけど、あと数学だけだから今日でイケる」
「嘘だろ、マジかよ、裏切り者」
何が裏切りだ。確か去年の夏も、冬休みの最終日も、佐々井とは同じ会話をした気がする。
俺は何だかんだでギリ間に合って終わらすタイプなんだよ。結局間に合わないタイプのお前とは一線を画しているんだ。
「ちょ、ちょ、今日お前んち行っていい? 一緒にやろうぜ、な?」
「お前うるせえから嫌だ」
「静かにするから! お願い! 写させて!」
あ、本音言ったな今。写す気満々じゃねえか。
「お前あれだろ。俺じゃなくて工藤に見せてもらえばいいだろ」
「そんなこと言えるわけねーだろ! ほんとわかってねーな水島は!」
喚く佐々井の声は、じりじり照りつける暑さとの相乗効果で、慣れていても鬱陶しいことこの上なかった。
佐々井は七夕祭り以降、一組の工藤を本気で好きになってしまったらしい。
二人で逸れてからの経緯は、翌日の部活終わりの夕方、マックで実に事細かく語ってくれた。
結論から言うと、佐々井の童貞は(本人的には残念なことに)無事だった。
神社の裏だかどこだかで結構際どいところまでいってしまい、さすがに場所を変えようと工藤の家へ行ったら、予定外に親が早く帰ってきてしまって、寸止めで終わった、と。
途中の描写が細かすぎて半分以上忘れたが、ざっくり言うとそういう流れだったらしい。
正直言って全然興味がなかったが、幸せそうに語っているので最後まで聞いてやった俺は優しいと思う。
達規が言っていたことを伝えるべきか否か迷って、結局やんわりと伝えた。ああ見えて遊んでいるらしいからやめておいた方がいい、と。俺なりに友人を思いやってのことだ。
それを受けてのコメントが「清純そうに見えてビッチとか最高」とのことだったので、もうそれ以上は何も言わないことに決めた。
そんなわけで、何かと理由をつけてはマメに連絡をしているようなので、宿題もその口実にすればいいのではないかと俺は思ったわけだが、どうやら『夏休み最終日に宿題が終わらず焦る自分』は見せたくないらしい。
めんどくせえからもう黙って写させてやることにして、ビッグマック奢らせる約束だけして、佐々井を放って俺はアップに意識を集中させた。
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