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#5-2

始業式である翌日はこれまたよく晴れていて、一ヶ月半ぶりに袖を通す制服は、半袖なのにやけに暑く感じた。 夜十一時までかかって無事に終わらせた宿題と、弁当と練習着。全部詰めたエナメルバッグの重みも久々だ。 滲んだ汗が鬱陶しいが、空に引きずられたようにどこか晴々とした気分で、俺は教室の引き戸を開けた。 クラスメイトと声をかけ合いながら自分の席まで辿り着くと同時に、斜め前方、窓際に見慣れた茶髪を発見する。 大抵いつも誰かと喋くっている達規が、大人しく座って机に頬杖をついているのが珍しかった。 夏休みの間、何度か連絡をとったりはしたが結局会うことはなかったから、達規とも一ヶ月半ぶりだ。 俺は鞄を置いて、あの七夕祭りの夜に見送って以来の背中に歩み寄った。 「お。おはよ、水島」 「……お前、それ、どうした」 左の肘を机の上に立てて、右手でスマホをいじっている達規の、左手でちょうど隠れた顔の半分。 頬のあたりに、しかし隠れきっていない、青黒い痣のようなものが見えた。 それが目に留まった瞬間、俺は挨拶を返すのも忘れて、思ったままの言葉を発していた。 あー、と達規は苦笑しながら、左手を少し頬から外す。 「やっぱまだ目立つ? だいぶマシになったんだけど」 人差し指で軽く撫でる仕草をしたそこには、明らかに酷く内出血した跡のような、紫がかった青い痣があった。 頬骨のあたりが一番色濃く目立つが、よく見るとその周りも、結構な広範囲に薄紫が広がっている。 「バンソコ貼ってくるか悩んだんだけどさ、逆に目立つくね? って思って。ゆーて、そこまで派手じゃないっしょ? 腫れも引けたし」 「どうしたって聞いてんだよ」 ぺらぺらと回る口に苛立って、思いの外低い声が出た。 達規は肩を竦ませながら、僅かに目を細める。 「転んだ」 きっぱりとそう言った達規の声も、いつもより低かった。 「嘘つけ」 「マジマジ。三日くらい前」 「顔からか」 「やっちゃったよねー」 自虐的に笑いながら、改めて左手で頬を覆い隠す。これ以上見るな、何も聞くなと言外に告げられている気がした。 「それよりさあ、お前今日コンビニ行った?」 「……行ってねえ」 「なんかカレーパンの新しいやつ出てたんよ、めっちゃ辛そうなやつ、今週それがいーなあ」 「……そんな辛いの食えんのかよ、お前」 「食えるし。余裕だし」 わかったよ、と言ったら、「いひひ」ってくしゃっと笑った。 怪我の話はもうおしまい。 やんわりと、しかし頑なに、見えない幕が降ろされるみたいで、俺は何も言えなくなった。

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