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#5-3
自分の席に戻っても、ちらちら視界に入る茶髪がどうしようもなく気になる。
ホームルームが始まる五分ほど前、達規と話していた女子が、まだ無人だった達規の前の席に座るのが見えて、つい意識を向けてしまった。
手にしたピンク色のポーチから、何やらスティック状のものを取り出す。
右手で握ったそれを、俺の位置からは後頭部しか見えない達規の、顔の左側に持っていった。
化粧品で痣を隠しているんだろう、ということはわかった。
指で肌を直接撫でつけるような動きをしたあと、ポーチからもうひとつ、今度はコンパクト型の何かを取り出して、上からさらに何か塗っているようだった。
達規は今の痣の状態を、マシになった、と言っていたが。俺が一目見てわかる程度には目立つ状態だったのだ。
あのままでは誰かと会うたびに言及されるのは当然だ。そう考えたら、断然、隠しておいた方が楽だろう。本人的には。
しかし。
どうにもモヤモヤする。
化粧という名の隠蔽が完成したらしく、女子が達規の前から去っていっても、当然それは消えることはなく。
「亨くーんオハヨ、って朝から何その顔!? 怖い!」
予鈴ギリギリになって駆け込んできた佐々井に怯えられる程度には、顔に出ていたらしい。
始業式の後は模試が行われることになっていた。そういうところ、曲がりなりにも進学校である。
国語と英語が終わり、昼休みを挟んで残りの三教科。いつもの巨大なメロンパン(久々に見た。やっぱりでかい)を食っている達規の横顔を、佐々井がまじまじ見つめている。
「達規先生、ピアス増えてね?」
さらっと発せられた言葉に、達規がちょっと驚いた顔をした。
「よく気づいたね。気持ち悪」
「気持ち悪って何だよ!?」
「いやいや、普通気づかなくない? 俺のことどんだけ見てんの?」
怖ぁ、と言う達規は、もちろん演出だろうが、本当に怯えたように身を引いてみせた。
「だってそんな変なとこ開いてなかっただろ」
「変なとこて。トラガスってゆーんだよ」
左耳に僅かにかかっていた茶色い髪をかきあげると、俺にも達規の左耳が見えた。
内側の、ちょうど耳の穴を覆い隠しているような、三角に出っ張った部分。その真ん中に、短い釘でもぶっ刺したみたいに、鈍い銀色が光っていた。
「ちょっと触らして」
「いいけど、これまだ痛いから、そーっとにして、そーっと」
「わかった」
「い……ってえ! ふざけんなよお前!」
片手におにぎりを握ったまま、もう片方の人差し指を立てて、佐々井が雑に達規の耳を突つく。
本気で痛がって声をあげた達規の、頬の痣は完全に隠蔽されていた。
もっと近づいたらわかるのかもしれないが、たぶん佐々井に至っては気づいていないのではないだろうか。ピアスは気づいた割に。
悪ふざけの攻防戦を繰り広げる二人を前に、さらに濃度を増したモヤモヤを飲み込んでしまいたくて、俺はひたすら無言で弁当をかっ込んでいた。
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