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#5-5

このままでは女子大生の話が無限に広がっていく未来しか見えなかったのでストップをかけたが、案の定、それくらいで佐々井は止まらなかった。 大袈裟なほど深く息を吐いて、 「水島はいいよな、リアル女子大生の姉ちゃんがいるもんな」 また余計なことを言い始める。やめろ、達規が食いつくだろうが。 「え、水島お姉ちゃんもいんの」 ほら。 「しかもめっちゃ可愛いんだよ! くそっ……俺は水島に生まれたかった! 心の底からそう思っている!」 去年、俺の姉貴を見て以来、佐々井はずっとこれを言っている。身内をブス呼ばわりされるよりは良いが、どうにも複雑な心境になることは変わりない。 「ただのうるせえギャルだろ」 「ギャルの姉ちゃんとかこの上ないご褒美じゃねーかよ!」 「化粧濃いし、スッピン薄いぞ」 「あー、なるほど。だから水島はギャル嫌いだし女子に厳しいんかー」 達規が変なところに納得している。どうでもいいけど姉貴の話をこれ以上広げるんじゃねえ。 「お姉ちゃんの写真ねーの?」 「あるわけねえだろ、きめえ」 「じゃあ代わりに福助の写真見して」 「おー、福助の写真は死ぬほどある」 横で佐々井が「姉ちゃんの自撮りもらって俺にくれ!」とか言い始めたが、無視してスマホを操作する。 昨日撮ったばかりの最新版福助を達規に見せたら、目をキラキラさせた。達規は正しい。どう考えても姉貴より福助の方が可愛い。 部室棟は新校舎の隣にある。そこそこボロいが広さだけは十分だった。 校舎から行くには一度昇降口を出る必要がある。新校舎をぐるりと裏へ回り込むルートでグラウンドを目指すと、その手前に古い木造アパートみたいな佇まいの部室棟が現れる。 授業が終わるとまず部室へ直行して着替え、備品類を運びながらグラウンドへ移動する。各自で軽いアップやストレッチをする時間をとってから、全員でのアップに入るのが普段の流れだった。 いつものようにアップを始めようとして、俺は右膝のサポーターを忘れたことに気づいた。 最悪なくてもいいようなものではあったが、少し考えて、取りに戻ることに決める。まだアップに入っていない奴もいるくらいだし、時間は余裕があった。 マネージャーから鍵をもらって、肩や手首を回しながら歩いて部室まで戻る。 無人の部室でサポーターを手早く装着し、スパイクを履き直して再び外へ出ると、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。 「水島ぁー」 グラウンド側からではなく、校舎側でもない。部室棟の向こうから呼ばれたような、変な感じがした。 声の出処を探して周囲を見回すと、見間違えようのない茶色い頭を見つける。 ボロボロの部室棟の裏に張られている、黒いフェンス。学校の敷地を一周ぐるりと囲んでいるもので、外側は公道だ。 そこに達規が立っていた。

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