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#5-8
ぺた、と接した部分から似た体温が伝わった。
見開かれた目の下、ちょうど黒目の真下あたりだ、一番痣が色濃かったところ。覚えている。
そこを親指で擦ってみる。
消えたように見えるけれど、擦れば出てくるかもしれない。化粧品だったら取れるはずだ。
そう思って、すべすべした肌を何度か往復してみる。擦ったせいで少し赤くなった。紫の痣は現れない。
「お前さ……」
何か言いたかったが、何を言いたいのかは自分でよくわからなかった。達規が大きく瞬きをする。なんかこいつ顔小さいな。
「もう治ったよ」
俺の考えていることは伝わったらしい。賢い奴は察しも良い。
「なんも塗ってねーよ?」
そう言って少しだけ、眩しいみたいに目を細めた。
今なら、と俺は思う。
今なら、本当は転んだんじゃないと言ってくれるのではないか。
だってさ。転んだ、って感じの痣じゃなかっただろ。
お前があの祭りの日、帰りたくないって言ったことと、それは関係ねえの?
「もう痛くねーから、大丈夫だよ、水島」
なんでか子供を宥めるみたいな口調で達規が言う。大丈夫、という一言だけで、また見えない幕を降ろされたような気がした。
構うな、と言われているのと、俺にとっては同じだった。
思わず伸ばした手を振り払われはしないのに、全部をわかっているような目で見つめ返されただけだった。
「……そうかよ」
行き場のないモヤモヤを腹の中に抱えたまま、俺は達規に触れた手を下ろした。
達規は今度は「いひひ」とは笑わずに、ちょっとだけ眉尻を下げて首を傾げた。本当に察しが良くて嫌になる。
「ほらほら、部活、行かなくていいんか。エースだろ」
そうだった。忘れてた。
達規はフェンスの上から出した手で、最初に手招きしてきたのと逆に、行った行った、のジェスチャーをした。
「ガンバレよー。怪我すんなよ。コケんなよ」
俺は追いやられるように踵を返して、達規から受け取ったペットボトルだけを手にグラウンドへと向かう。
途中で一度振り返った。
達規はまだそこにいて、フェンスに凭れたまま、低い位置でゆるく手を振った。
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