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#6-2

達規が先生で俺が生徒。 その関係が唯一逆転するのが体育だった。 「いやもう全然意味わかんない。なんでこんな硬いボール、手で打たないかんの? 意味わかんない」 体育の授業は一競技をだいたい一ヶ月ほどかけて行われるが、夏休み明けからはバレーボールに入って、今日で五回目くらい。 固定のチームで毎回リーグ戦みたいなことを行っていて、俺と達規は同じチームだった。 「お前のサーブが入んねえとまた負けんだろうが、文句言ってねえで練習しろ」 「もう手ぇ痛い……」 もともと体育が好きではないのだろうが、数ある競技の中でも、達規はダントツでバレーが嫌いらしい。理由は「痛いから」だそうだ。 中でもサーブは苦手で、試合で入ったのを見たことがない。 俺たちのチームは負けが込んでいる。 達規のサーブばかりが原因ではないが、要因のひとつではある。 そんなわけで、授業だろうが何だろうが負けたくない主義の俺は、毎回最初に十分くらい設けられる練習時間を、達規の特訓に当てることにしたのだった。 達規の右手を掴んで、手首と手のひらの間くらいのところをぽんぽん叩く。 「ちゃんとこのへんに当てれば痛くねえから」 下手くそだから変なところに当たっているのだろう。腕がすでに斑らに赤くなっていた。 「だってなんかズレんだもん」 「目ぇ離すからズレんだよ。当たる瞬間までボール見とけ」 「そしたら変な方に飛ばねえ?」 「真っ直ぐ当たれば勝手に真っ直ぐ飛ぶから」 嫌そう、を通り越して、悲しそうな表情すら浮かべる達規にボールを手渡す。 俺からすれば、自分の手で持ったボールを打つことの何が難しいのかわからないが、たぶん達規も俺に英語を教えながら同じ気持ちでいるんだろうな、と思った。 「小学校のボールならいいのに」 「あのデカくて柔らかいやつ? あれじゃ飛ばねえって」 「あれなら痛くねえじゃん」 好き好んで耳に穴開けまくってる奴が何言ってんだ。達規に言わせればピアスとは話が違うらしい。 ぶちぶち言いながらもボールを構え、達規は自棄のように右腕を振り上げる。 べちっ、と小気味良さの欠片もない音をたてて飛んでいった白いボールは、ネットの一番上を掠めて向こう側に落ちた。

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