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#6-4
カッターシャツのボタンを留め、俺も着替えを完了する。
達規はすでに机に腰掛けてスマホを見ていた。あとは佐々井だけだ。
待っている間、ふと先程の会話を思い返した。
今週の土曜日って、俺も何かあった気がする。何だっけ。部活のあと。
少し考えて、すぐに思い出す。「あー」とつい声が漏れたのを、佐々井が耳聡く聞きつけた。
「何、なんか俺へのアドバイス思いついた?」
「いや、お前に全く関係ないこと考えてた」
項垂れる佐々井を尻目に、達規がスマホからちらりと顔を上げて「どしたん?」と尋ねてくる。
どうでもいいんだけどさ、と前置きしてから、俺はテンション低く答えた。
「今週末、姉貴が帰って来んだよ。めんどくせえなと思って」
県外の大学に進学した姉貴は、春から家を出て一人暮らしをしている。
俺にとって姉貴の帰省は全くもって重要なイベントではないのだが、土曜日の夜はあけておけと母親にうるさく言われたのだった。
「え! あの美人の姉ちゃん!?」
案の定、佐々井が元気になって食いついてくる。やっとシャツに袖を通したところだった。
「水島のお姉ちゃん、いくつ上なん?」
「ふたつ」
「去年までうちの高校だったもんな! バスケ部のマネージャーだったよな!」
そういえば佐々井にしつこく聞かれて、わざわざ三年のクラスまで行き、後ろの戸口から姉貴を指差したことがあったのを思い出した。
結局気づかれて、姉貴は猫をかぶって「亨がお世話になってまぁす」とかほざいていたが、その日家に帰ってからしこたま文句をつけられたのだった。
佐々井のせいでろくでもない目に遭ったのは数えきれない。
「うわー、マジ羨ましい……あんな可愛いギャルの女子大生とひとつ屋根の下だろ? 隣の部屋とかで寝るんだろ?」
ひとつ屋根の下って。姉弟に普通使わないだろ、その言葉。
「姉弟にそういう感情は発生しねえんだよ。お前はその頃工藤の部屋だろ、どうせ」
「ぐあっ! そうだった、どうしよう水島」
「どうしようって。俺に聞くな」
こいつは工藤とやりたいのかやりたくないのか、どっちなんだ。口に出して聞いたらまた面倒なことになるから言わないが、何がどうしようなのか全然理解できない。
喋くりながらもベルトを締め終え、佐々井がようやく着替えを完了させた。
教室へ戻って昼飯を食うべく、俺たちは荷物を抱えた。
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