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#6-7

程よく冷めた夜風が住宅街を吹き抜ける。 家の前の細い道を一本抜けて、通学路とは反対側に向かうのがいつものコースだった。 部活のあとだからアップは必要ないが、ペースを上げすぎないよう気をつけながら走る。 スパイクでピッチを走るのとは違う、ランニングシューズがアスファルトを踏みしめて跳ねる感触。隣で福助が嬉しそうに尻尾を振りながら駆けている。 母校である中学校は、周囲をぐるりと遊歩道が囲んでいて、走るのに丁度いい。夜は人通りが少なく、直線の路上に点々と街灯の白い灯りが落ちているのが、切り取り線みたいだといつも思う。 校庭の横を通るときに見えた校舎の、職員室の窓には煌々と電気が点いていた。 走りながら考えることはいつもいろいろだが、今日みたいに何かがそわそわと腑に落ちない気分のときは、何も考えないに限る。 無心でひたすら走り込んでいれば、少なくともその間はクリアでいられるし、終える頃には気が晴れていることもある。 自分の脚と呼吸のペース、そして福助の様子だけに意識を向けて、しんと透き通った夜の空気で身体の中を入れ換える。 三十分弱、ノンストップで一気に走り抜いた。ラスト三百メートルほどは徐々にペースを落とし、最後は歩く。 家の前でじいちゃんが食後の一服をしていた。 玄関の三和土に福助を待たせて、洗面所でタオルを濡らす。足を拭いてやってからリードを外すと、満足げに鼻を鳴らした。 俺はそれから風呂場へ直行する。 部活とランニングでベタベタになった全身を、熱めのシャワーで流す。 シャンプーを泡立てながら、先に着替えを用意するのを今日も忘れたことに気づく。 仕方ないのでバスタオルだけ巻いて出ていくと、母さんが台所で味噌汁の鍋を温め直していた。 「兄ちゃん、この文章の意味わかんない」 居間でテレビを観ながら夕飯を食っていると、弟の(かける)が宿題を手にやってきた。開いた教科書を唐揚げの皿の隣に置かれる。 見覚えのあるページ構成は、俺も中学のときに使った懐かしいものだ。ちらりと見て顔を顰める。 「英語かよ……」 「わかんないの? 中一の問題だよ?」 「お前それが人にモノ聞く態度か」 最近になって声変わりが始まったばかりのガラガラの声で、憎たらしい口をきいてくる。 唐揚げを咀嚼しながら教科書を引き寄せ、英文に目を走らせた。挿絵も何だか覚えがあるが、何の話だったか……と記憶を手繰るより先に、文章が読めた。 あれ? 読めた。 長い文章で一見、面倒くさげではあるが、前から順番によく見ていけば、何てことはない。過去形と未来形の文章をひとつずつ、コンマで繋いだだけのものだった。特に難しい単語もない。 簡単に和訳してやると、翔は「そっか、ここで切れるのかあ」と言ってふんふん頷いた。 「ありがと兄ちゃん」 「おー」 豆腐の味噌汁を啜りながら、翔の背中を俺はぼんやり見送った。

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