54 / 142

#6-8

白米をおかわりして夕飯を終え、バラエティ番組もちょうどドラマに切り替わったので、テレビを消して自室へ引っ込むことにする。 さっさと宿題を片付けてしまおうと、机に向かった。 数学のプリントは大した量ではないのですぐに終わった。あとは英語の予習だ。 教科書とノート、それに辞書を引っ張り出す。 去年までは、辞書は学校に置きっぱなしで、家では姉貴のお下がりの電子辞書を使っていた。 紙辞書をわざわざ持って帰ってくるようになったのは、教師ではなく達規の指導によるものだ。 電子辞書は使うな。紙の辞書、それも一冊だけを使え。家と学校とで分けると意味がない。 調べた単語には下線を引く。スペルと意味は勿論だが、品詞を必ず確認すること。名詞、動詞、形容詞、とかだ。英文を訳すのも、自分で書くのも、品詞の区別ができていると格段に早いし、楽になる。 いちいち持ち帰るのは重いし正直ダルい。それでも達規の言うことは一旦、全て実践することにした。 その結果が先日の模試だ。 たぶんあいつは凄い。 ノートを開くと、几帳面な書き込みが目に入った。細い赤ペンで綴られた整った文字。 ページが真っ赤になるほどびっしり直されていた最初の頃よりは、ずいぶん減った。 達規の顔が脳裏にちらついて俺はやっと気づいた。 ずっと燻っている、この得体の知れない落ち着かなさの源は、達規だ。あいつのことが引っかかって、どうにもすっきりしない気分になっているのだ。 達規の顔を思い浮かべると、何か小さなとげとげした塊が、肺のあたりにつかえた感じになる。それが証拠だ。 そこまではわかったが、しかし、何が? 俺は無意味に辞書のページの端を繰って弄りながら、もう片方の手で後ろ頭を混ぜかえした。 その先がわからない。引っかかるようなことの心当たりがない。 別にあいつに怒ってることもないし、こないだの痣のことは、気になるけど。でもそれきり変わった様子もないから、深追いするのもやめたのに。 しばらく予習の手を止めて、赤ペンの文字を見つめた。 自分のことなのに何も答えが出ないので、ノートも辞書も開いたページをそのままに、俺は立ち上がった。 部屋を出て、台所に立つ母さんの背中に「もっかい走ってくる」とだけ告げる。 ランニングシューズの紐をきつめに締め直す。 福助が駆け寄ってきて、連れて行けと言わんばかりに飛び跳ねるが、悪い福助。今は一人で走りたい気分だ。 玄関を出て見上げた空は、さっきよりも色濃い夜で、月がひとまわり大きくなったように見えたが、たぶん気のせいなのだろうと思った。

ともだちにシェアしよう!