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#7-7
そのまま自分の部屋へ逃げるつもりだったが、スマホを居間に忘れる失態を犯し、戻ったところで姉貴に捕まってしまった。
「ねえ、亨ってさぁ、彼女いるのぉ?」
「は、何だいきなり」
「いるの、いないの、どっち」
テレビの前で福助をもふもふ撫でながら、上半身だけこっちに捻って聞いてくる姉貴。
薄いニットの大きく開いた襟元から、下着の肩紐が見えている。
佐々井には羨まれるかもしれないが、俺にとっては舌打ちものだ。
この姉にもっとデリカシーや恥じらいという類のものがあれば、俺の女性観はもう少し良い方向に変わっていたはずだ。
「いねー。いらねー」短く答えると、なんだつまんない、と返された。
「あたし、弟のカワイイ彼女と仲良しになって、一緒に買い物とか行くの夢なの。だから絶対カワイイ子と付き合ってね」
「お前の夢とか知らねー」
くだらない上にどうでもよすぎる姉貴の夢とやらを聞き流し、テーブルの上のスマホを掴んでさっさと退散しようとする。
が、その間際でふと思い出し、立ち止まった。
「なあ、樹里」
「なーにぃ」
「保科って奴知ってる?」
テレビの液晶に視線を戻していた姉貴が、再びこっちを向き「保科ぁ?」と繰り返す。
「保科って、保科和明 ?」
「下の名前知らねえけど」
「高校同じクラスだったよぉ」
「あー、じゃあ、たぶんそいつ」
自分で聞いておいて、姉貴の口からその名前が出ると、きゅっと喉元が詰まるような感じがあった。
「王子でしょ。月極 王子」
佐々井も言っていた王子というフレーズに、どこか時代錯誤のようなものを感じながらも、その前にくっついたごく庶民的な単語に違和感を覚える。
「……月極?」
「彼女が二、三ヶ月おきに替わるから、年契約じゃなくて月極」
「ええー、何それ。ただのチャラ男じゃないの」
テレビの画面がCMに切り替わり、母さんが俺と全く同意見で口を挟んできた。
「あー、でも、チャラくはないんだよねぇ」傍らのスナック菓子をつまみながら姉貴は続ける。
「誰にでも優しいし、マメだし、別れたコ達からも、そんなに悪い噂は聞かないっていうかぁ」
「でも長続きしないんでしょ?」
「なんかねぇ、スッゴイ優しくて、大事にしてくれるんだけど、それが物足りなくなってみんな別れちゃうんだって」
ウェーブのかかった長い茶髪を掻きあげると、根元が少し黒くなっているのが見えた。
「で、一週間後とかには違うコと付き合ってんの。その繰り返し」
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