62 / 142

#7-7

そのまま自分の部屋へ逃げるつもりだったが、スマホを居間に忘れる失態を犯し、戻ったところで姉貴に捕まってしまった。 「ねえ、亨ってさぁ、彼女いるのぉ?」 「は、何だいきなり」 「いるの、いないの、どっち」 テレビの前で福助をもふもふ撫でながら、上半身だけこっちに捻って聞いてくる姉貴。 薄いニットの大きく開いた襟元から、下着の肩紐が見えている。 佐々井には羨まれるかもしれないが、俺にとっては舌打ちものだ。 この姉にもっとデリカシーや恥じらいという類のものがあれば、俺の女性観はもう少し良い方向に変わっていたはずだ。 「いねー。いらねー」短く答えると、なんだつまんない、と返された。 「あたし、弟のカワイイ彼女と仲良しになって、一緒に買い物とか行くの夢なの。だから絶対カワイイ子と付き合ってね」 「お前の夢とか知らねー」 くだらない上にどうでもよすぎる姉貴の夢とやらを聞き流し、テーブルの上のスマホを掴んでさっさと退散しようとする。 が、その間際でふと思い出し、立ち止まった。 「なあ、樹里」 「なーにぃ」 「保科って奴知ってる?」 テレビの液晶に視線を戻していた姉貴が、再びこっちを向き「保科ぁ?」と繰り返す。 「保科って、保科和明(かずあき)?」 「下の名前知らねえけど」 「高校同じクラスだったよぉ」 「あー、じゃあ、たぶんそいつ」 自分で聞いておいて、姉貴の口からその名前が出ると、きゅっと喉元が詰まるような感じがあった。 「王子でしょ。月極(つきぎめ)王子」 佐々井も言っていた王子というフレーズに、どこか時代錯誤のようなものを感じながらも、その前にくっついたごく庶民的な単語に違和感を覚える。 「……月極?」 「彼女が二、三ヶ月おきに替わるから、年契約じゃなくて月極」 「ええー、何それ。ただのチャラ男じゃないの」 テレビの画面がCMに切り替わり、母さんが俺と全く同意見で口を挟んできた。 「あー、でも、チャラくはないんだよねぇ」傍らのスナック菓子をつまみながら姉貴は続ける。 「誰にでも優しいし、マメだし、別れたコ達からも、そんなに悪い噂は聞かないっていうかぁ」 「でも長続きしないんでしょ?」 「なんかねぇ、スッゴイ優しくて、大事にしてくれるんだけど、それが物足りなくなってみんな別れちゃうんだって」 ウェーブのかかった長い茶髪を掻きあげると、根元が少し黒くなっているのが見えた。 「で、一週間後とかには違うコと付き合ってんの。その繰り返し」

ともだちにシェアしよう!