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#7-8
「何だそれ」
実在するのか、そんな奴。俺の周りにはいたことがないから、よくわからない。
佐々井は女好きだけどモテないし。
男女問わず誰にでも優しい奴はたまにいるが、何となく胡散臭く感じてしまう。
「イケメンだし、他校のコからもモテてたっぽいね」
茶髪の毛先をくるくる弄ぶ姉貴は「あたしはタイプじゃなかったけどぉ」と続けた。母さんがスナック菓子に手を伸ばす。
「やっぱり何だかんだ言っても、優しくて刺激の少ない草食系より、ちょっとワルい男に憧れちゃうのよ、若いうちは。今も昔も変わんないわよ」
「んー、確かにそうなのかもぉ」
妙に説得力のある母さんの言葉に、姉貴も頷いた。
「で、その保科がどうしたのよ?」
話が俺に返ってくるが、それ以上何かを聞きたいわけでもなかった俺は「いや、何でもない」とだけ答えて、それきり自分の部屋へと引っ込んだ。
その何とか王子が、女を取っ替え引っ替えしているという奴が。
実は後輩の男にも手ぇ出したりしてなかったか?
なんて聞けるわけもなく、聞いたところで返答があるはずもないだろうから。
「水島。佐々井が死んでんだけど」
「あれに近寄んな達規、危険物だ」
俺と顔を合わせるなり達規が言ったので、簡潔に対処法を伝えた。
一昨日の土曜日に佐々井は精神をやられてしまい、昨日から様子がおかしい。
達規が登校したときにはすでに自分の席で突っ伏して沈黙していたらしく、そのただならぬ様子に、声をかけるのを躊躇していたようだ。
「やっぱ近寄らない方がいいやつ?」
「下手に触ると爆発する。巻き込まれて死ぬぞ」
「怖っ……え、何があったん……」
何があったのかと聞かれれば。
特に何かがあったわけではない、昨日の部活前に佐々井が語るのを聞き流した限りでは。
土曜日、佐々井は工藤の家に行き、無事に一線を越えた。
出来事としてはそれだけだ。言ってしまえば予定通りで、佐々井自身も望んでいた展開であることは間違いがない。
「じゃあ何に対してへこんでんの?」
「夢がひとつ消えた、みたいなことをほざいてたな」
「あー、期待してたのとなんか違ったんかなあ……」
「わかんねーけどとりあえずクソだな、あいつ」
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