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#7-9

喜びでハイになられてウザ絡みされるのも御免だが、あのリアクションはさすがに工藤が可哀想なのではないか。 あんなに好きだの付き合いたいだの言ってたくせに。 佐々井本人に昨日そう言ったら、「そうじゃない……そうじゃないんだ……」と譫言のように唱え始めたので、怖くなってそれっきり言及を避けていた。 「にしてもさあ、あそこまで落ち込むことある? 女子に夢見すぎなんだって佐々井は」 「そうじゃないんだよ……」 「うわ! びっくりした!」 ぼやく達規の背後に黒い影。澱んだ空気を纏った佐々井が、飛び上がった達規の肩に額を乗せた。 「俺は……俺は悲しいんじゃない。虚しいだけなんだ……」 「何なんもう、どうしたんよ、なんか知んねーけど元気出せって」 何だかんだ面倒見の良い達規が、へたりこんだ佐々井の頭をわしわしと撫でる。 「放っとけよ、そんなクソ野郎」と俺が言ったら、どんよりしていた佐々井が急に顔を上げた。 「この冷徹野郎! お前には血も涙もねえのか!」 「散々慰めてやっただろうが、昨日」 「あれのどこが慰めだよ!!」 突然キレ出す佐々井。情緒不安定以外の何物でもない。達規が「爆発した」と呟いた。 「俺はなあっ……俺は、俺は別に、ただアレがしたかったわけじゃねえんだっ……」 言いながら再び萎んでいき、床に膝をついて俺の机に顔を突っ伏した。邪魔だやめろと引き剥がすより先に、悲痛さの滲む声で佐々井は訥々と語り出す。 「俺は……好きな人が俺にだけ笑ってくれて、好きだって言ってくれるなら、それだけで満足だったんだ。でも」 ぼそぼそと低い呟きが、教室内の喧騒に紛れながらも聞こえてくる。 「終わったあと、好きって言ったら、ありがとうって言われた」 伏せったままで佐々井の表情はわからないが、「それだけだったんだ」と続いた言葉は少し涙声にも聞こえた。 「それで、なんか、わかったんだよ。特別じゃなくても、できちゃうもんなんだなって。俺だからとか、好きだからとかじゃないんだな……って」 それが、ショックで。 絞り出すような声に、何と返していいのかわからず、俺は達規を見た。 達規は佐々井の隣で頭をくしゃくしゃと撫で続けている。俺と目が合うと肩を竦め、「ま、そういう人もいるよ」とだけ言って、困ったように吊り目を細めた。

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