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#8 index

数ヶ月ぶりにブレザーを着て登校したはいいものの、暑さに耐えきれず、教室に入ると同時に脱ぎ捨てた。 十月だ。暦は秋。 衣替えで教室内の色合いは一気に変わっていたが、俺と同じく上を脱いでいる奴も多い。 達規もその一人ではあったが、シャツの上にキツネ色のカーディガンを着ていた。ベージュではなく、それより鮮やかで目立つ。 「油揚げみてーな色だな」 「あー、俺お稲荷さん超好き」 噛み合っているような、いないような、短い会話をしながら俺はネクタイを緩めた。 「何してんのお前」 後ろから達規の手元を覗き込むと、何やらペンを握って、傍らに積まれた細長い紙に字を書き付けている。 「んー」と唸るように返事を寄越すと、ちょうど書き上げたらしい一枚を摘まんでひらひらさせながら、達規は肩越しに振り向いた。 「お(ふだ)作ってんの」 「お札」 「そう、学祭の」 ああ、と俺は頷いてそれを眺めた。 紙はよく見ると切った半紙で、ペンも筆ペンらしい。やたらそれっぽい達筆で『封印』と書かれている。 「え、お前書いたの? うまっ」 「ね。俺も自分の才能にビビってる」 学祭のクラス出展はお化け屋敷をやることに決まった。 劇は免れたものの、準備には時間がかかりそうで内心面倒に思ったが、今のところは毎週のロングホームルームの時間で順調に進んでいる。 その小道具として大量のお札を作らなければならないらしい。 達規いわく、準備を仕切っている中心メンバーの奴らと昨日喋っていて、試しに書いてみたところ非常にクオリティの高いものができたため、お札量産係に任命されたそうだ。 「『悪霊退散』バージョンもあるよ」 「すげえ。すげえけど、何で朝っぱらからやってんだよ」 「結構楽しくて。精神統一的な」 書道で和の心を磨いているにしては書いている言葉がおどろおどろしいが、達規の好きそうな作業だな、とも思った。放っておいたら延々量産し続けそうだ。 「水島も書く?」 「書く」 頷くと、「お。どーぞ」意外そうな顔で筆ペンと半紙を一枚差し出してくる。 俺は椅子に座り直し、達規の作を手本にしながら慎重にペンを下ろすが、『封』のふたつめの『土』を書いた時点で、もうダメそうな気配を自分でも感じた。 「どう考えてもデカイよね」 「うるせえ、ここからリカバる」 前の席から口を挟まれつつ、最終的に手本より相当ダイナミックな『封印』が書き上がったところで、ちょうど予鈴が鳴った。

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