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#8-4
「ホント、どいつもこいつもさあ」
ごとんと音を立てて、茶髪の頭が机の上に落ちる。
「付き合うとか付き合わないとか、やるとかやらないとか、頭ン中そればっかかよ。しょーもな」
絵の具のにおいのする美術室の机に顔を伏せて、左右に頭をぐりぐりと転がしながら、達規は独り言のように続けた。
それから、俯いていた顔だけこっちに向けて、
「水島ってそういうハナシしないからいいよね、めっちゃ楽」
そんなことを言う。いつもより気の抜けた顔をして少し笑うから、それを見た俺は逆にどこか歯痒い心地になる。
「……そーかよ」
「レンアイ興味ねー、めんどくせーって思ってるっしょ」
「まあ、思ってる」
俺もだよ、と目を細くして、達規はくつくつ喉を鳴らした。
シャーペンを握ったままの手が、そわそわと落ち着かない。自分の目線が泳ぐのがわかるが、止められなかった。
恋愛、というやつに興味が持てないのは本当だが、それ以上に達規とそういう話題になりたくなかったのが本音だ。
達規という人間を知るより先に見てしまったものは、正しく秘め事と呼ぶに相応しくて、それが何かのきっかけで明るみに出てしまうのがどうしようもなく怖かった。
興味本位で追及するには、俺にとってはあまりに重く、触れがたいものに思えたから。
たぶん、動揺していたのも、それを何でもないふりで隠そうとしていたのも、顔や態度に出ていたんだろう。
少なくとも達規には見破られていて、だから達規があの聡い目で逡巡する俺をじっと観察していたのも、俺は気づかなかったのだと思う。
「なあ」という達規の声に意識を引き戻されて、はっと焦点を合わせる。
達規はぎりぎり手の届かない位置の席に座ったまま、茶色い髪のあいだから俺のことをじっと見ていた。
「あんとき、……そこから」
いつの間にか表情の消えた顔、いつもより少しだけ低い気のする声。
達規の腕がす、と水平に持ち上がって、俺の後ろの方を指差した。
「見てたのって」
振り向かなくてもわかる、達規の人差し指の先にあるのは、出入り口の戸だ。
一年ほど前に俺が立っていた場所。
「水島っしょ?」
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