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#8-6
「別に、……びっくりはしたけど。キモいとか、そういうのは思わねえよ」
取り繕ったツギハギにならないよう、できるだけ率直な言葉を、慎重に選びながら並べていく。
「性別は関係ねえだろ。まあ、学校でやんのはどうかと思うけどな。何か思うとしたらそっちだな」
俺がこの話を避けたかったのは、それが達規の隠しているものだからだ。
秘密を盗み見てしまっている後ろめたさから逃げたかっただけ。だから知らないことにしておきたかっただけ。
嫌悪を感じたからじゃない。
俺の知らないふりが無意識に達規を傷つけたのだとしたら、それだけはちゃんと伝えなければ。
その一心で俺は言葉を探していた。
「お前が誰とどういう関係でも、俺にはどうでもいいっつーか……、いや、違うな……ちょっと待て」
うまく表す言葉が見つからない。頭に手を当てて考える。
自分の語彙力のなさが恨めしい。現国は英語ほど酷くはねえはずだぞ。達規くらい頭が良かったら、こういうのもちゃんとうまく言えるんだろうか。お前が傷つくようなことはひとつもねえぞ、って。
「お前が、好きになるのが男とか女とか、そういうのは関係なくて……俺はお前をいい奴だなって思うから、つるんでるだけで。……だから、あー、でも、お前が」
辿々しいにも程がある俺の言葉を、達規はじっと黙って聞いていた。お前のそういう、水面みたいに静かに待ってくれるところも、俺は好ましいと思っているんだ。
「お前が誰かを好きなら、そいつの性別はどうでもいいけど」
不意に姉貴の言葉が頭蓋骨の内側で響いた。あいつは俺に可愛い彼女をつくってほしいらしい。それと似たようなもんじゃねえのか、という気がした。
俺は達規に、ちゃんと笑顔でいられる奴といてほしい。
「そいつがどんな奴なのかは……どうでもよくない、と、思う」
不自由な言葉で、それでも今俺が達規に伝えたいと思ったことは、言った。
全部正直な気持ちだ。
伝わっただろうか。
足りなければもっと探す、伝えきれるまでいくらでも。
そんな思いで達規の目を見返した。
達規は静謐な目で俺を射抜いていて、それは底まで見透かせそうに澄んでいて、そのくせ内側にあるはずのものは綺麗に覆い隠されていた。
一度その目を大きく瞬かせたかと思うと、達規はそのまま俯いて、長く細い息を吐いた。
溜め息とも嘆息ともとれるそれは、しかし俺の言葉が齟齬なく伝わったことのサインだったようで、
「見られたのが水島でよかったわー……」
そんなことを消え入りそうに呟いて、ありがと、と言った。
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