72 / 142
#8-8
「言いたくないなら聞かない。でも、隠しててしんどいんだったら、俺が聞くから」
俺には言えばいい。
もっと信用してくれればいい。
お前にはそういう相手が必要なんじゃねえの?
言葉はやっぱり不自由だ。不用意に発すれば脆いところを踏み抜いてしまいそうで怖くなる。でも遠回りじゃこいつに響かない、何より、俺がそういう柄じゃない。
達規は目を丸くしたまま、少しのあいだ何も言わずにいた。
通信速度の落ちたスマホの画面みたいに、顔がフリーズしていても頭の中はきっとすごい速さで回っている、そんなイメージが浮かぶ。
うん、とやがて達規は頷いた。そのあとで一瞬、ほんの一瞬だけ眉根を寄せ、ぐしゃっと泣き出しそうな顔をして。慌てて誤魔化すように俯くと、
「そのうち、……言うから。そんときは、聞いて」
潰れかけの喉から絞り出したみたいな声で言った。
初めて聞く達規の声だと思いながら、俺は「わかった」と答えた。
空は澄み、風は嫋やか。
清々しくもどこか物憂い秋の一日が、陽気としか形容できない声とともに幕を開ける。
「亨くんオハヨウ!」
廊下側の一番後ろ、間違えようがない俺の席に、笑みを湛えて座る男が一人。
机に肘をつき、両手の指を組んだ上に顎を乗せ、胡散臭いほど爽やかな偽造のオーラをキラキラさせる、そのさまはアホの王子様とでも呼ぶに相応しかった。
「気持ちの良い朝だね! 今日も僕たちの人生という物語のページに、かけがえのない青春の思い出 を一緒に刻んでいこうじゃないか!」
「とりあえずそこをどけ」
佐々井の鼻を掠める勢いで、机の上にエナメルバッグをどさりと置く。佐々井は物ともせずにハハッと高らかに笑い、「相変わらず乱暴だなぁ君は!」とか言いながら、両手を広げて椅子から立ち上がった。
「今日という日は二度と来ない……それならばこの大切な一日を、友情という花で飾り、恋という宝石 で彩り、素晴らしい日にできるよう精一杯努めるべきだ。そう思わないかい?」
「うるせえことこの上ねえな。何なんだよ朝から」
「ややっ? 亨くん、元気が足りないなぁ、僕と共に心 が元気 になる踊りを舞うかい!?」
「うわっ……やめろ、手ぇ握んな! 舞うかボケ!」
何だこれ。見たことねえ絡み方だ。これほどまでにウザい引き出しをまだ隠し持っていたとは。佐々井のウザさの底が知れない。恐怖以外の何物でもない。
ともだちにシェアしよう!