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#8-9
そこに、タイミング良く達規が現れた。
ブレザーの中に例のキツネ色のカーディガン。手にはコンビニ袋。
俺が佐々井に絡まれているのを視認すると、教室に踏み込みかけた足を一歩引いた。俺は見たぞ。
大方、俺たちを避けて前の出入り口から入り、そのまま予鈴まで教室前方ででも時間を潰そうとしたのだろうが、そうはいかない。
案の定、きっちりと茶髪頭を視界に捉えた佐々井は、俺の手をあっさり離して達規に飛びついていった。
「達規! オハヨウ!」
「お、おはよ、こわ、なに? あんま触らんといて」
「達規ぃ、お前は今日もカワイイな! 子犬みたいだな!」
「は……!?」
可愛い、のワードに達規が顔を引きつらせる。全身に鳥肌でも立てていそうな表情だ。無理もない。相手によって攻撃方法を変える、佐々井のポテンシャルが恐ろしい。
「昨日はありがとうな! お前の神がかったアドバイスのお陰で全てサイコーに上手くいったぜ! さすがは達規先生だな! お前という宝石 は俺の人生 に欠かせない存在だぜ!」
「じゅ……え? ごめんちょっとよくわかんねーわ」
「謝ることねえぞ達規、そいつは今、異国の言葉を話している」
ドン引きしながらもとりあえず返事をしてやる達規の肩を、佐々井は笑顔でぽんぽん叩いている。
俺と違って振り払われないのをいいことに、やりたい放題だ。
「……あ、昨日? ってことは」
佐々井に纏わりつかれつつ自分の席まで辿りついた達規は、鞄とコンビニ袋を下ろしながら言う。
「できたん? 『健全なおうちデート』」
「できなかった!!」
「お、あ、えっ?」
晴れやかに言い放たれた佐々井の言葉に、俺も達規も頷きかけて耳を疑った。
できなかったのか。どう考えてもできたという流れだっただろう。
「お前ら、逆に聞くけどな。女子の部屋で二人きりなんてシチュエーションで、しかも誘われたりしたらなあ、断れると思うか? 俺が!」
「いや、それはそうなんだけど」
「それはわかってたけど」
なんでこいつ、こんなことを自信満々に言えるんだ。そしてそれならなぜ今、こんなに浮かれているんだ。ついに狂ったか。
二人分の訝しげな目を受け止め、佐々井はふっふと含み笑いを漏らす。
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