74 / 142

#8-10

「約束したんだよ」 「約束?」 「そう! 学祭、一緒に回ろうって、約束を! した!!」 そう言って高らかに笑う佐々井を前に、達規と目が合う。 「俺の言ったこと関係なくね?」 「関係ねえな、一ミリも」 「まあ、元気になったならいいけどさ……」 元気すぎるほど元気になってしまった佐々井は、その後もしばらく俺たちを巻き込んでの事故を繰り返した。 早く予鈴が鳴ってくれと今日ほど思ったことはない。 「ウザすぎる」と零すと、達規が「もうしばらくへこましとけばよかったねえ」と同調を口にした。 確かに、ぐじぐじジメジメしていたのも鬱陶しかったが、うるさくないだけ、あっちの方がマシだったかもしれない。 今からでも佐々井との間には一枚壁を築きたい。高めのやつを。厚めのやつを。 やがて待ち望んだチャイムの音がようやく響き渡り、佐々井は一方的に名残を惜しみながら自分の席へと帰っていった。 担任が来てホームルームが始まるまでの、ほんの短い時間。 まだ教室内にも廊下にも多分にざわつきの残る中で、達規と再び視線が噛み合う。 いつもの通り、壁を背にして椅子に横向きに座った達規は、でかいカフェオレの紙パックにストローを刺そうとしていた。 目が合った瞬間、あ、と気づいた顔をして顔をこっちに向ける。 「言ってなかったわ」 「あ?」 「おはよ、水島」 目元をゆるめてへらっと笑うと、唇の端からは八重歯が覗いた。 一拍遅れて、おはよう、と返す。 梢が黄色く色づくように、気をつけていなければ見逃してしまいそうな速度で、季節が変わっているのを感じた。

ともだちにシェアしよう!