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#9-2

「お前ら学祭何やんの?」 安田先輩の一言で部室は学祭トークに飲み込まれた。 そういえば他のクラスが何をやるのか全く知らないことに気づく。あまり興味がなかったとも言える。 「俺らチョコバナナとか売るんで来てくださいよ。二の四っす」 「おー、暇だったら行くわ」 「安田さん用にチンコ型のチョコバナナ作っときますよ!」 「マジいらねーんだけど」 男子しかいない部室では、下ネタが横行しているのはいつものことだ。「うちはお化け屋敷っす」と佐々井が言う。 「結構ガチで怖いっすよ。キャプテン、彼女さんと来てくださいよ」 「えー、俺怖いの無理」 「俺ら一昨年やったなあ、お化け屋敷」 「佐々井お前、暗闇に紛れて女子に触ったりすんなよ?」 「ハッ! その手があったか……」 「やめろやめろ」 他にもステージでのダンスショーやら、女装メイドカフェやら、みんな当日はそれなりに忙しいようだ。とりあえずうちが女装メイドカフェじゃなくてよかったと心から思った。 同学年の奴ら数人との帰り道も、話題は引き続き学祭。 だらだらと列になって歩きながら、準備の愚痴やら当日の予定を好き勝手に言い合う。 「水島も脅かし役やんの?」 「わかんねえけど、お化け役はやんねえ」 「俺、部活の前に、忘れ物して教室戻ったんだけどさ。二組めっちゃ盛り上がってたよ」 前を歩いていた一組の大倉が振り返って言ってきた。 「お化け役のメイクとかやってて、気合い入ってんなあって思った」 今日はロングホームルームから引き続いての放課後だったから、準備にも力が入っていたのだろう。 「あ、野中さんがゾンビっぽいメイクしてたぞ」 「マジ!? 野中お化け役なの?」 「野中さんなら脅かされたい」 クラスの違う奴ら同士でも、可愛い女子の名前は共通言語らしい。そして思考回路がだいたい佐々井と同じだ。 「うちの学祭ってあんま他校の子来ないよなあ」 「イベント性に欠けてんだよ」 「ミスコンやってほしいよな」 「いいな、ミスコン。俺は一組の高橋ちゃんに入れる」 バス停で数人が離脱し、その後も分かれ道の度に人数が減っていって、ついに一人になったところで俺はやっと自転車に跨った。 すっかり秋めいた夜風を切って、変則ギアも何もない安物のチャリが舗道を駆ける。 帰ったら福助の散歩に行って、シャワーを浴びて飯を食い、宿題をしてさっさと寝る。いつもと変わらない夜だ。 あ、辞書忘れた気がする。ふと思って、連想するのは達規の顔。 あいつはいつもどんな夜を過ごしているのだろう。 不意にあの花火の夜を思い出して、なんとなく、暗い部屋に一人でいる達規の後ろ姿が浮かぶ。 街灯が白く点々といつもの通学路を照らしていた。

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