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#9-6
「騙された」と呟いて達規は椅子についた。
入り口の横に衝立を設え、しめ縄までつけて祠のようにした受付ブースだ。そこで客に懐中電灯とお札を渡し、タイミングを見て中に入れるまでが達規の仕事らしい。
「小田に完全に騙された」
「小田って……あの大人しい小田ちゃん?」
「あいつガチのコスプレイヤーって知ってた?」
「マジで!?」
どうやら達規は、他の男子連中と同じようなフェイスペイントだけと聞いていたようだ。
それが今日は早めに来いと言われて来てみれば、本格的なメイク道具を手に、目を輝かせた小田が待ち構えていた。
麻っぽい素材の赤い着物も、全て小田が今日のために作ったのだという。
「受付係は神社の狐って設定なんだって」
「それで狐メイク似合いそうな奴が選抜されたってこと?」
「誰がキツネ顔だよコラァ」
ぶすくれる達規の両頬には、ヒゲを模した三本の赤いラインが引かれている。
鼻の先端から眉間にかけて真っ直ぐに一本と、唇の左右から、口裂け女がにやりと笑っているみたいな上向きの縁取り。
そして一重の目の周りは、吊り目をさらに強調したくっきりと細い黒線に囲まれていて、その上にも下にも赤が並走している。
……キツネ顔の自覚あったのか。そして嫌なのか。
「いいじゃん、似合うぞ達規! 耳とかも着けりゃいいのに!」
「うるせーバカ井」
からから笑いながら佐々井がちょっかいをかける。不満げに唇を尖らせた達規は、ヤケクソ気味にお札の束を握ると、ハリセン代わりにして佐々井の額をはたいた。
「夕方にも時間割り振られてっから、化粧落とせねーし。この顔のまま歩くとか、何の罰ゲームだよ」
「まあ、俺らも血糊まみれだし……ある意味そっちのがマシなんじゃねえの?」
「じゃあ水島代われ!」
フォローを入れたつもりが吠えられる。
嫌に決まってるし、絶対に似合わない。
むしろ達規より似合う奴がいたら見てみたいところだ。そのくらい、達規の小造りの顔に赤い化粧は映えていた。
着物も髪色とやけに馴染んでいる。コスプレイヤー、すげえ。祠の中に不機嫌に座るお狐様。
「あとでお供え物持ってきてやるよ」
「いらねーし!」
騒いでいるうちに実行委員が最終チェックを進めていく。一般公開の十時まであと二十分、と校内放送も流れた。二度目の学祭がもうすぐ幕を開ける。
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