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#9-8
しばらくの間、気の向くままにだらだらと歩いていたが、ふと気づけばもうすぐ佐々井が裏方の当番の時間だ。俺たちはチョコバナナを一本買ってクラスへ戻ることにした。
「列長くなってねえか?」
「すげえ、大人気じゃん」
教室の前にはずらりと順番待ちの客が並んでいる。
出口からちょうど出てきたのは小学校低学年と思しき男の子とその父親で、子供は号泣していた。同級生たちはどうやら子供相手でも手を抜かずに脅かし役に励んでいるらしい。
今日は佐々井とつるむのはここまでだ。
あいつは裏方の割り当て時間が終わったら、そのまま工藤との約束に向かう。
俺はあと一時間後なので、どうするかな、と当て所なく考える。全然決めていなかった。
他の奴と一緒にステージでも観るか、適当にぶらぶらするか。
しかしとりあえずは手にしたままのチョコバナナを然るべきところに納めようと思い、受付に向かった。
衝立で仕切られた受付ブースは、後方が開いている。中に赤い着物の姿。
客への説明を終えた隙を見て肩をつつくと、達規はぱっと振り向いて、黒と赤で縁取られた目に俺を映した。
「やべーよ、うち人気出すぎ! マジ忙しい!」
騙されたと不貞腐れていた朝一の姿が嘘のように、機嫌良く笑っている。その眼前に、包装もされていないそのままのチョコバナナを差し出すと、目を丸くした。
「え、何?」
「お供え物」
「マジで買ってきたの? やっぱバカだなー水島はっ」
「うるせえ、黙って有り難く食え」
軽口を叩きつつも「ありがと」と言って受け取り、間髪入れずに一口食べた。
もぐもぐと咀嚼しながら「持ってて!」と再び俺の手に押し付け、受付待ちの客に向き直る。一瞬手があくとまた振り向いて、俺の手ごと掴んで一口。
何度かそれを繰り返してようやく完食する頃、もう一人の受付係の女子がやって来た。
「達規、お疲れー。そろそろ交代」
「お、マジ? すげー忙しいよ、覚悟しとけよ」
受付の女子二人は達規と同じような狐メイクだが、衣装は違う。白い着物に赤い袴、いわゆる巫女さん的な格好だ。
次の客を入れるタイミングとか説明するポイントとか、二言三言伝えてから、達規は受付ブースを出てきた。
そばに立っていた俺の前に来ると「終わってから食えばよかった、チョコバナナ」と笑った。
やっぱり機嫌が良い。楽しんでいるようで何よりだ。
「なー、水島ぁ、これから暇?」
時計を見遣りながら聞かれたので、一時間後まで暇だ、と答える。
「体育館のステージ観に行きたいんだけどさ、付き合ってくれん?」
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