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#9-11
半歩遅れて達規を追うような形で歩いていると、茶髪の頭が振り向いた。下駄の底が高いせいで、いつもより少し目線が近い。
「一応言っとくけど、ちとせのこと好きとかじゃねーよ? あいつはね、女子だと思ってねーから、俺」
「……そうかよ」
見上げてくる目が瞬きのたびにぱちぱちと煌めいて見えるのは、メイクの効果か、学祭の高揚感によるものか。それに一瞬意識を奪われて、返事がちょっと遅れた。
その間をどう受け取ったのか、達規は見当違いなことを言い始める。
「まさか水島、ちとせのこと狙ってるん?」
「あ? ちげーよ」
「あいつだけはマジやめといた方がいいよ。めんどくせえから」
「ちげーっつってんだろ」
そう? とわざとらしく首を傾げながら、達規は悪戯っぽく笑ってみせる。
口角を上げてにやついたようなメイクのせいか、余計に憎たらしく見えた。
「あ、なあ、さっきわたあめ持ってる人見たんだけど! どこで売ってんのあれ!」
「知らねえ。食いてえの?」
「食いたいっていうか、欲しい!」
「何だそりゃ」
そうしてその後はわたあめを求めて各クラスを巡ることとなった。
どこに行っても達規の狐姿はなかなか目立ち、すでにお化け屋敷に来たらしい校外の客から声を掛けられたり手を振られることも頻発した。
外国人の男性二人組に話しかけられ、普通に英語で返したのを聞いたときは、さすがにびびった。
「何て言ってたんだよ、今の」
「何の格好してるの? カブキ? ゲイシャ? って聞かれたから、俺は本当はキツネなんだけど、こうしてヒトに化けて生活してるんだよ、って言った」
「すげーウケてたな」
「外国人、着物好きすぎ問題」
結果的に一年一組でわたあめを発見した。作っていたのがサッカー部の後輩だったから、圧をかけたら巨大なのを差し出してきたので、達規はご満悦だ。
「いつの間に焼きそば買ったん? 食いすぎじゃね、水島」
「全然足りてねえよ」
「燃費悪っ」
「お前が良すぎなんだ」
ふと気づけば俺の当番の時間が迫っていたので、焼きそばをかき込んでからクラスへ戻った。
行列は先程よりは短くなっていたが、中から聞こえてくる大袈裟なほどの悲鳴は止んでいない。
「じゃ、脅かし役頑張ってね」
「お前このあとどうすんの?」
「んー、どっか適当に見てる」
俺と同じで、特に誰とも何の約束もしていないのだろう。ほとんど嵩の減っていないわたあめを片手に持ったまま、達規はもう片方の手を小さく振る。
それに背を押されるようにしながら、俺はタイミングを見計らって入り口の戸を細く開けた。
体育館の薄暗さなど比べ物にもならない、真夜中の暗闇がその向こうには満ちていた。
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