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#10-2
「……ずっと、って」
「高校入ったら、彼女とっかえひっかえするようになったけど、そのあいだもずーっと、だよ。彼女と俺は違うから関係ないんだってさ」
達規の声に自嘲の色が混じった。
俺は暫し言葉を失う。
中学生のときから、って言ったら。五年だ。そんなに長い間、たぶん恋愛とは関係のない行為を、俺が顔も知らないそいつと達規は続けていることになる。
その心情も何もかも俺には想像に難い世界で、途方もないことに思えて、気がつけば「何だそれ」と声に出ていた。
「お前は、そいつのこと、……好きなのかよ? 好きでしてんのか?」
我ながら陳腐な言葉を、半ば勢いのまま達規に投げかける。
そこに感情があるならまだ理解できるような気がした。しかし達規は薄く笑いながら目を伏せて、
「好き、だったときも、あったと思うけど。もうよくわかんねーや」
肩を竦めて言った。
俺はそのとき初めて、達規という人間がとても遠くにいるように感じた。
声も手も届くのに、達規の目はどこかここではないところを見ている。同じ言語を話しているのに通う血脈が違うような。
「あの人、歪んでるんよ」
低く掠れた声が、何かを弁解するみたいに続けた。
――他の人の前では仮面かぶってて、もう取れなくなってんの。だから女の人と付き合っても、優しくしかできなくて、反動で俺にヒドいことすんの。
「クズだよねえ」と苦い顔をして笑った達規を、吹き抜ける冷たい風が、蜃気楼のように掻き消していってしまう気がした。
「そんなの、お前が我慢して付き合う必要ねえじゃん」
あまりにも遠い世界の話に聞こえて、俺には、そんな月並みのことを言うのが精一杯だった。
脅されているとか、拒んだら酷い目に遭うとか。そういうわかりやすい理由があるのなら、もっと簡単だったのかもしれない。でも何となく、そうではないのだろうと察した。
達規の五年間はきっと、俺があっさり理解できるほど簡単じゃない。
達規が続けた言葉は、それを裏付けるかのようなものだった。
「水島、ネグレクトってわかる?」
耳慣れないが、聞いたことのある言葉だった。砂を噛んだときの頭に響くじゃりっという音に似た、耳触りのよくない響き。
「……育児放棄?」
間違っていてほしい、と思いながら答えた。達規は「そうそれ」とあっさり頷いた。
「俺は全然そんなこと思ってなかったんだけどね。どうやらうちはそれに当てはまるらしい」
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