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#10-5

「帰りたくねえんだろ。なら、今日はうちに来い」 飲みかけの缶を持ったまま、達規はぽかんとして俺を見つめている。 ここで首を横に振られてしまったら、また同じような後悔を繰り返すことになってしまう。俺は説得するかのように言葉を続けた。 「あいつの電話だって切っちまったし、家来られたりとか、何かあったらどうすんだよ」 「何かって……、ていうか、電話切ったの水島じゃん」 「だからだよっ。俺のせいでお前が何かされたら気分悪ぃだろうがっ」 ああ、違う。何でこういう言い方になっちまうんだ。自分の口の悪さを憎く思う。 本心ではあるが、そうじゃなくて。こんな裏っ返したような言葉じゃなくて。 「心配なんだよ」 ちゃんと真っ直ぐ言いたかった。浮かんだ言葉を自分の気持ちと重ね合わせて、はみ出る部分が少ないことを確認しながら、声にする。 「帰したくねえ」 達規が小さく開いていた唇を噛んで、俺をじっと見ていた。複雑な表情だった。訝しんでいるようにも見えるし、何かをぐっと飲み込んだようにも見える。 負けじと目を見つめ返していたら、やがて達規は眉間に皺を寄せた顔のままで「お前、それ、天然?」と言った。 「俺、口説かれてるわけじゃないよね?」 「は? 口説いてねえよ。アホか」 アホはそっちだよ、と呟きながら、根負けしたとでも言いたげに夜空を仰ぐ。 やけくそのように缶の中身を口に流し込んでから、 「そんなに言うなら泊まってやる」 そう言って唇を尖らせた。 黒いローファーを履いた達規の両足は、スニーカー派の俺やサッカー部の連中とは違う足音を立てるんだということに気づいた。 ベンチの裏に停めていたチャリに跨って、後ろに達規を乗せる。 体重が何キロあるのか知らないが、部活仲間とか、他の奴を乗せたときよりも相当軽い感じがする。 さっき乗せたときは、女子みてーなもんばっか食ってるからだ、としか思わなかったが。家の話を聞いたあとでは、その軽さにも意味を見出してしまいそうで、憐れむような自分の感覚が嫌だと思った。 「寒いよー」と道中、後ろから声がする。寒がりな上、いつもバス通学だから、チャリで風を切るこの体感温度に慣れていないのだろう。もっと暖かい季節なら爽快なんだが。 「もうすぐ着くから我慢しろ」 「無理、ちょっと、だめだこれ、暖取らせて」 そう言うと達規は、あろうことか俺のブレザーの内側に両手を突っ込んできた。背面から抱きつくような格好だ。 冷えた達規のカーディガンがシャツ越しの腹に纏わりつく上、ブレザーの裾がめくれて、風が入ってくる。 「バカ、てめ、冷てえよ!」 「水島は丈夫だからいいじゃん、俺はすぐ風邪ひくの! 繊細なの!」 さみいさみいと言い合いながら、街灯の見下ろす夜道を抜けていく。 男同士で密着しながらの二ケツは、見方によっては怪しいだろうが、幸いほとんど誰ともすれ違うことなく家まで辿り着いた。

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