94 / 142
#10-5
「帰りたくねえんだろ。なら、今日はうちに来い」
飲みかけの缶を持ったまま、達規はぽかんとして俺を見つめている。
ここで首を横に振られてしまったら、また同じような後悔を繰り返すことになってしまう。俺は説得するかのように言葉を続けた。
「あいつの電話だって切っちまったし、家来られたりとか、何かあったらどうすんだよ」
「何かって……、ていうか、電話切ったの水島じゃん」
「だからだよっ。俺のせいでお前が何かされたら気分悪ぃだろうがっ」
ああ、違う。何でこういう言い方になっちまうんだ。自分の口の悪さを憎く思う。
本心ではあるが、そうじゃなくて。こんな裏っ返したような言葉じゃなくて。
「心配なんだよ」
ちゃんと真っ直ぐ言いたかった。浮かんだ言葉を自分の気持ちと重ね合わせて、はみ出る部分が少ないことを確認しながら、声にする。
「帰したくねえ」
達規が小さく開いていた唇を噛んで、俺をじっと見ていた。複雑な表情だった。訝しんでいるようにも見えるし、何かをぐっと飲み込んだようにも見える。
負けじと目を見つめ返していたら、やがて達規は眉間に皺を寄せた顔のままで「お前、それ、天然?」と言った。
「俺、口説かれてるわけじゃないよね?」
「は? 口説いてねえよ。アホか」
アホはそっちだよ、と呟きながら、根負けしたとでも言いたげに夜空を仰ぐ。
やけくそのように缶の中身を口に流し込んでから、
「そんなに言うなら泊まってやる」
そう言って唇を尖らせた。
黒いローファーを履いた達規の両足は、スニーカー派の俺やサッカー部の連中とは違う足音を立てるんだということに気づいた。
ベンチの裏に停めていたチャリに跨って、後ろに達規を乗せる。
体重が何キロあるのか知らないが、部活仲間とか、他の奴を乗せたときよりも相当軽い感じがする。
さっき乗せたときは、女子みてーなもんばっか食ってるからだ、としか思わなかったが。家の話を聞いたあとでは、その軽さにも意味を見出してしまいそうで、憐れむような自分の感覚が嫌だと思った。
「寒いよー」と道中、後ろから声がする。寒がりな上、いつもバス通学だから、チャリで風を切るこの体感温度に慣れていないのだろう。もっと暖かい季節なら爽快なんだが。
「もうすぐ着くから我慢しろ」
「無理、ちょっと、だめだこれ、暖取らせて」
そう言うと達規は、あろうことか俺のブレザーの内側に両手を突っ込んできた。背面から抱きつくような格好だ。
冷えた達規のカーディガンがシャツ越しの腹に纏わりつく上、ブレザーの裾がめくれて、風が入ってくる。
「バカ、てめ、冷てえよ!」
「水島は丈夫だからいいじゃん、俺はすぐ風邪ひくの! 繊細なの!」
さみいさみいと言い合いながら、街灯の見下ろす夜道を抜けていく。
男同士で密着しながらの二ケツは、見方によっては怪しいだろうが、幸いほとんど誰ともすれ違うことなく家まで辿り着いた。
ともだちにシェアしよう!