95 / 142

#10-6

玄関を開けると居間から毛玉が飛び出してくる。 駆けてくる勢いのまま俺に飛びつこうとして、見慣れないもうひとつの人影に気づいたのだろう、手前ギリギリでビタッと立ち止まった。 「はっ」と背後で息を呑む気配がする。振り向くと、警戒態勢をとる福助と見つめ合った達規は目を輝かせていた。 「福助だ……」 ここで待ってろ、と達規に言い置いて俺は靴を脱ぐ。 足元に擦り寄って見上げてくる福助の頭を撫でてやると、そのまま俺についてくるか迷うような仕草をしたが、見知らぬ来訪者が気になるらしい。尻尾をゆらゆらさせて達規の方を見ている。 「咬まれんなよ」 「え、福助咬むの?」 「お前のこと美味そうだと思ったら咬むかもな」 達規は三和土の上で靴を履いたまま、しゃがみこんで福助と目線を合わせていた。適当に言ってあとは放っておくことにして、廊下を進み台所に母の姿を発見する。 母はシンクで米を研ぎながら「おかえり」と振り向いた。 「ただいま。あのさ、友達泊まるから」 「はあっ? いきなり何言ってんの」 「メシとかいらねえし、俺の部屋で寝るだけだからいいだろ」 「あんたねえ、そういうのは事前に言いなさいよ」 水道の水で手を濯いで、エプロンで拭きながら廊下に出てくる。 一緒に玄関に目をやると、この一瞬のあいだにどうやってそこまで距離を詰めたのか、達規は福助を全力で撫でくり回していた。 あらあら、と感心したように呟く母に気づき、達規ははっと顔を強張らせて立ち上がる。 「あの、スイマセン、突然」とまごつきながら言う達規のスラックスに、福助がめちゃくちゃに纏わりついている。物凄い懐きようだ。マジで何か美味そうな匂いでもするんだろうか。 「サッカー部の子?」 「いや、クラスの奴」 「おうちは大丈夫なの?」 「あ、ハイ、大丈夫です」 「今なんにもおかずとかないけど、ごはんはいいのね?」 「打ち上げで食ってきた」 そう、と言って母は台所に戻っていった。良いとも悪いとも言わないってことは、良いってことだ。今更ダメだと言われたところで強行突破するつもりではあったが。 とりあえず俺の部屋に荷物を置かせようと、所在なさげに立ちすくむ達規に手招きをする。 「お邪魔します」と呟き、ローファーを脱いで揃えてから上がってくる、その足元に福助がずっとくっついている。 階段を昇ってすぐ左手が俺の部屋だ。幸いそんなに散らかってはいないし、来客用の布団を持ってくれば十分寝られる。 「鞄とか、適当にその辺に置いとけ。あとあれか、部屋着……俺のだとでかいか……?」 とりあえず洗ってあるやつを引っ張り出してみる。「これでいいよ」と達規が言う通り、まあ着られないことはないだろうが、もしかしてこいつの細さなら弟のやつでもいけるんじゃないか。 「ちょっと待っとけ、弟んとこから取ってくる」 「え、いいよ、いい! これでいいって!」 なぜか慌てて達規は言い、それでも行こうとしたら俺の腕を掴んでまで止めてきたので、仕方なくそのまま俺のを着させることにする。 そんなやりとりのあいだも、福助はずっと達規の周りをうろうろしていた。

ともだちにシェアしよう!