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#10-8
やがて風呂が沸いたと母に呼ばれたので、俺の予備のバスタオルと新品の歯ブラシを押しつけて達規を風呂場まで連れていく。
ついでに俺はじいちゃんの部屋でもある和室へ向かった。
「亨、彼女か」「んなわけないだろ、男だよ」押し入れから来客用の布団を引っ張り出す。
急いだのかいつもそうなのか、達規は十分かそこらであがってきた。俺のスウェットは案の定大きかったらしく、肩もウエストもだいぶ余っていて、袖と裾が捲り上げられていた。
ドライヤーはいらないと言って、濡れた髪をタオルでぐしゃぐしゃにかき混ぜる達規を部屋に残し、俺も手早く風呂を済ませる。
部屋に戻ったときには時刻は十時半を回っていた。
寝るには少し早い気もするが、じんわりとした眠気はある。
俺はベッド、達規は床に敷いた布団の上にそれぞれ横になって他愛もない会話をしていると、急に不思議な気分になった。学祭の非日常の続きみたいだ。
達規も同じ気持ちだったのだろう、楽しげに吐息だけで笑いながら寝返りを打った。
「修学旅行の女子ごっこする?」
「何だそれ」
全然やりたくねえけど気になる。達規は布団に俯せになった体勢から、枕に両手で頬杖をつき「ねえねえ、トオルちゃんはさあ、好きな人いるの?」とオクターブ高い声で言った。
わざとらしく作った口調がちょっと面白くて笑う。
と、小さいが確かな物音がして、俺たちは揃ってドアを見た。
物凄く低い位置から、毛糸の手袋越しにノックするような音。引っ掻くような音もする。
そこには福助がいた。ドアを開けた俺を見上げて嬉しそうに尻尾を振り、足の間をすり抜けて部屋の中へ入ってくる。
「お? 福助、いつもここで寝てんの?」
「いや、いつもは下で勝手に寝てんだけど……」
迷わず達規のところまで突進して行き、鼻先を擦りつけながら布団に潜り込もうとしている。
受け入れつつも頭上にハテナを浮かべている達規。
俺は非常に複雑な気持ちでその様子を眺めた。
「……お前と寝たいんじゃねえ?」
なんでだ。俺のとこには来たことないのに。
姉貴とはたまに一緒に寝てたらしいから、やっぱり姉貴と近いものを感じているのかもしれない。毎日散歩に連れてってんのは昔っから俺なのに。
そんな俺の思いは知る由もなく、達規は少しのあいだ自分にくっついて丸くなった福助を撫でていたが、急に「う……」と小さく呻いて眉を下げた。
「ナナぁ……」
「ナナ?」
「うちの犬の名前……」
言いながら達規は福助の首のあたりに顔を埋める。
幼い達規が毎晩一緒に寝ていたというゴールデンレトリバー。サイズ感はだいぶ違うはずだが、それでも思い出したのだろう。切ない気持ちを押し殺すかのように「んんー」と唸っている。
その声や仕草に、俺は引っ掛かっていたことを思い出して、短い逡巡の末に口を開いた。
「なあ、もう一個聞いていいか」
「うん?」
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